第六章
翌日、私は魔法律学の教授に資料の片づけを頼まれ、昼休みが始まってすぐに図書館へ向かうことができなかった。たまにはこういうこともあると割り切って、黒板からかき集めた教授の持ち込んだマグネットやらポスターやらをバスケットにまとめ、置き去りにされていた教科書も一緒に入れて抱え、階段を下る。魔法律学準備室は、三階東の図書館とほぼ対角線上に位置する一階の西だ。今日は急いで向かっても昼食を取る時間しかないかもしれないと考えて、それからふいに自分の考えたことに驚いた。食事をしている時間はない、というふうには思わなかったのかと。
「……」
わずかずつだが、何かが変化してきているのを認めざるを得ない。“レヴァス”に挟んだ栞は、もう三分の二に差しかかった。同じように、私の中でも何かが進んでいる。否、その表現が正しいのかは定かでないが、綻びのようなものを感じているのは事実だ。悪い感覚ではない。誰のおかげとは言わないが、脳裏に浮かぶ顔があった。思い出すと、無意識に歩調が速くなる。早く用事を済ませて、いつもの場所へ行かなくては。そう思って、辿り着いた魔法律学準備室のドアを叩こうと軽く手を握った、そのときだった。
「―――エレン・カトレアのことだってそうですよ!」
びくりと、咄嗟に腕が凍りついた。魔法律学のダリアン教授の声だ。話しかけられたわけではない。私ではない誰かに、私の名を叫んでいる。
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