第三章


「続きからやりますか?」
「お願いします」
「はい、ではまずここの一行ですが―――」
頷けば、彼はすぐに文面へと視線を落とした。三時間前と同じ空気がその場に戻ってきて、授業で詰め込まれた知識が一度フレームアウトし、奥へ隠していた禁書の話がどんどん繋がる。ちらりとテーブルに置かれた、二つの包みを見やる。食堂のマークが記されたサンドイッチと、マーケットの袋に入ったカロリービスケット。前者が彼のものだ。私は入学当初から昼休みを一分でも長く読書に使いたかったため、手早く食べられれば何でもいいと思っていた節がある。いや、今でも思っている。ただ、彼は初めて昼休みに会ったとき、もっとちゃんとした弁当を持参していた。当然、時間がかかる。私としては自分だけが早く済んでしまっても、解読してもらった暗号を読み直したり不明な単語を調べたりとやるべきことはたくさんあるので一向に気にしないのだが、次に会ったときから、彼は昼食を簡単なものに変えた。以来、私たちの食事は五分程度だ。
「……合わせてくださらなくて大丈夫ですよ」
「え?」
「お昼。無理せずゆっくり取ってください」
「それは、むしろあなたに言いたいですね。食事くらいきちんと取っても、そんなに遅れは出ませんよ」
「え」
「何事も身体が資本です。食欲がないわけでもないのでしょう?」
想定外の反論を食らって、思わず返事もせずに瞬きをする。言われていることは正しい。何度聞いても正しくて、ただまるで教師というよりは。
「……お医者さん」
「……はい?」
「あ、いえ、何でもないです」
教授、という難しい言葉よりも、先生と呼ぶのが似合う人だと思った。真面目で、眼鏡で、穏やかで、世話焼きで、人が好い。だから。
「……明日は、お弁当を持ってきます」
私のような外れた生徒を、放っておけない。医者が患者を見逃すわけにいかないのと同じだ。明日は、とささやかに強調して言えば、彼は少し目を丸くして、そうですかと頷いた。昼休みはそろそろ、半分を過ぎる。


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