暗転


 「あら、姉さん、おかえり」
 軽い軋みの音を上げるドアを開けて、仮住まいの小屋へ戻る。私を初めに出迎えたのは、末の妹だった。今日は出かけなかったのだろうか、朝と同じ楽譜をまだ持っている。
「ああ、姉さん。今日の公演のことなのだけれど」
「?」
「中止になったみたいなの。お母さんが姉さんのことも呼んでいたわ」
部屋に戻ろうとショールを外して歩き出した私を呼びとめ、妹は言った。それから少し慌ただしく、私も部屋に戻らないと、と出て行ってしまう。咄嗟に呼び止められなかった私は、結局妹が何をそんなにばたついているのか分からなかった。母が呼んでいたというのだけは確かなようだし、後で行こう。そう思って一旦部屋に戻ろうと、ショールを畳んだときだった。
「あら、おかえりなさい、レイシー」
「!」
「丁度良かったわ、急ぎの話があるの」
入れ替わるように部屋へ入ってきた母は、珍しくひっつめにした長い髪に東洋の飾りを挿して、動きやすい裾の短い服に身を包んでいた。先に出て行った妹と同じ、どことなく慌ただしい雰囲気を感じて、私はショールを抱いたまま立ち止まる。
「今日の公演がなくなったことは聞いている?そのことについてなのだけれど」
頷けば、母はそれなら話は早いと言わんばかりに組んでいた腕をほどいた。その手から、一枚の葉書が差し出される。
「急な話なのだけれど、実は――――――」
葉書を受け取ってぼんやりと整った文字に目を通しながら母の話を聞いていた私は、その両方を理解するまでに、少しの時間を要した。話を一通り終えた母と思わず視線を合わせ、そしてもう一度落とす。
「そういうことだから、忙しいけれどしっかりね。それじゃあ、また何かあったら聞きに来てちょうだい」
俯いた私を頷いたととったのか、母は葉書を私から受け取るなり、また部屋を出て行った。後に残された私はただ今の言葉と文面を頭の中で混ぜ合わせて、どくんと一度脈打った心臓を押さえるように、衣装を掴む。頭の奥なのか胸の奥なのか分からない場所で、誰かの声が何度も、何度も私を呼んでいる気がした。


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