第一幕


 「羽根を落としたのは君かい?」
 歌姫の一族に生まれながら歌はおろか、声を発することすら避けるようになったのはいつからだろうか。初舞台でカラスのようだと笑い者にされた日だったか、否、本当はそれよりずっと幼い頃から分かっていたのか。私の声は、綺麗でない。
「もし、そこの人。羽根を落としたのは君かい?」
だから、私はしゃがみこんだ背中にかけられたその声にも、答える口を持たなかった。一族の皆が髪に挿して舞う、色とりどりの羽根。ライム色を落としたことには気づいていたが、私はそれを、見かけませんでしたかと声を上げて探すことができなかったのだ。歌い、舞い踊り、各地を旅する一族。渡り鳥と呼ばれることもしばしばある私達の売りは、何よりもその美しい声にある。歌を聴きに足を止める者はもちろん、話しかける者は皆、私も含めてきっと天上の女のような声をしていると信じて疑わないのだ。姉妹達は確かにそうかもしれないが、すべてがそうではないというのに。
「……君、声が出ないの?耳が聴こえないのかな」
「……」
「さっきの街角でも、君は歌わなかったね。踊りは誰より綺麗だったけれど」
後ろに立つこの人も、きっとそうだろう。そう思って疑わない私は、顔を隠して膝を抱いたまま、背中で彼の言葉を聞いていた。緩やかな声だ。ゆっくりと近くなった足音に、よく似合う。
「君が何を思っているのか、どんな事情があるのかは分からないけれど」
ぴたりと止まった足音が、服の擦れる音に入れ替わる。さら、と黒髪越しの視界の端から、朝焼け色のショールが覗いた。次いで瑞々しい香りが、鼻を掠める。
「泣かないで」
肩に触れたわずかな温もりに、思わず背筋が強張った。けれどそれはすぐに離れ、彼は来たときと同じ、ゆっくりとした足音で遠ざかる。ライムの香り。それから。
「―――……」
ライム色の羽根。指先の温度がかすかに残る髪に触れて、私はくしゃりとそれを握った。すべての色を取り戻した髪飾りは、艶やかに風に靡く。するすると指の間を滑った長い黒髪をもう一度といて、私は後ろを振り返ったが、もう彼の背中は見えなかった。


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