語り屋ジーナのオハナシ(♯)

 語り屋ジーナを知っているか。そう問うと首からオカリナを下げた行商人風の男は、古臭いテンガロンを仰々しく被り直して、知らんこともないと唇をつり上げた。彼について、何でもいい、情報を探している。そう言った旅人が懐から財布を取り出すのを手で遮って、男は言った。いや、いい、いいよ、お代を払われるほどの情報は持っていない。恐らく大概は君が知っているものばかりだ。まあ、記憶も古びるからね。掃除がてら話そうか。

 語り屋ジーナは町から町へ、オハナシを売って歩いている。間違ってはならないのが、彼は情報屋ではないということだ。いかに高価な対価を支払えど、その口から聞けるのはいつもくだらない、ジーナ自身の頭の中身。すなわち作り物、オハナシなのさ。
彼は人より少しばかり頭がおかしいから、作られるオハナシも当然おかしい。おかしくって、笑ってしまうんだよ。涙が出るくらいにね。
 それから、彼は硬貨に興味が薄い。子供には庭先のイングリッシュローズを一本だとか、色のついた角砂糖のひとつなんかで、オハナシを作るのさ。若い娘には貝殻のイヤリングや羊の毛を一掴み、男にはちょっと意地が悪いよ。そいつの一番の秘密と交換するんだ。ロングスカートの膨れた婦人には、幸せなオハナシをひとつおまけする。そうでない婦人には、パンとバターか、スープとサンドイッチなんかで、お味に応じてオハナシが決まるんだよ。紳士には陶器のパレットかハンカチーフで応じてね。これは彼の好み次第だ。趣味が合わないものを贈ると、猫も逃げ出すような恐ろしいオハナシで追い返される。老婦人にはそのハンカチーフに刺繍を入れてもらいながら、老紳士には不味くないワイン一杯を願って、分け合いながらオハナシを語る。お仕舞いには拍手が必須だよ。笑顔もつけてくれる町には、彼は長く留まる。存外人間臭いのさ、誉め言葉にはめっぽう弱い。
 ああ、それから彼は胡散臭くて見るからに貧乏な格好をしているが、勘だけは悪くないらしくてね。人から奪い取ったものや汚い手段で手に入れたものとは、それがどんなに素晴らしいアンティークや値打ちのあるもの、そう、時には権利なんかでも、絶対にオハナシを交換しないそうだ。不思議なもんでね、黙っていても分かるそうだよ。君は悪人には見えないから不要な忠告かもしれないが、お気をつけ。彼は平等が好きなんだ。そしてオハナシが大好きだ。彼の大好きなオハナシを、もし力や狡さにものを言わせて聞き出そうとしようものなら、せっかく大枚はたいた品物も、奪い取られて山ほどのパンとスープに早変わりだよ。そして彼の腹に収まって、ジ、エンド、なのさ。後にはいっそ素晴らしいほどの、世にもつまらないオハナシが残るだけ。

 さあどうだろう、ここまでに君の知らないことはあったかな。伸びた爪でオカリナを弄りながら、男は訊いた。若い男に意地が悪いっていうのは知らなかったよ。肩を竦めた旅人に、男は笑う。そんなものさ、君にも厳しいだろうね。道端に下ろしていた腰を上げながら、旅人はその言葉に苦笑を返して、言った。
ありがとう、助かった。一体何者なんだろうな、伝説の語り屋なんて呼ばれてこれほど有名なくせに、正体を知っている人がほとんどいないだろう?―――僕、昔に会ったことがあるんだ。貧乏な村だから本がなくてね、みんなで集めた蜂蜜一瓶でオハナシを聞かせてもらったんだよ。あれからずっと経って、村はそこそこ裕福になったけど、今も誰もが知っている。どんなに高い絵本より忘れられない、一番のオハナシだって言ってね。僕は村を出たけれど、旅の道すがら彼を探している。お礼を言いたいんだよ。あの時は生まれて初めて聞いたオハナシに泣いて、みんなそれどころじゃなかったからさ。

 旅人は一息に話してからふと、言い過ぎたなと照れ臭そうに笑った。また何か情報があったら、教えてほしい。また会えたら。そう言い残した旅人に、男はただ唇をつり上げる。
 ひらひらと手を振って遠ざかる背中を眺めながら、男はふと手帳を取り出して走り書きを残した。―――俺はとうとう有名を越えて、伝説になったらしい。

「お仕舞い」

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