なんでですか?
どうしたんですか?
何かあったんですか?
僕が何か、しましたか?
僕の内心は疑問符ばかりで溢れていた。
「ねぇ、斎藤…」
「何ですか?」
「会長と…何かあったの?」
「………」
何かってなに。
僕にだってわからない。
僕と駿河は寮の部屋にいた。夕食も先ほど食堂ですまし、今はリビングでのんびり2人でテレビを見ている。
「今まで毎日来てたのに…、一昨日から会長、斎藤に会いに来てないじゃん…」
駿河が心配そうに僕を伺う。
一昨日から、たしかにあの人は来ていない。その事実は僕を不安にさせていた。
「知りませんよ…。あの人のことなんて」
吐き捨てるように言い返し、僕は俯く。
なんで来ない?
なんで、ですか?
無意味に自分の中で疑問を積み上げていく。こんなこと、初めてで僕は悩む。
うざったいくらいに僕に頼りきっている幼なじみは、僕無しでは生きていけないんじゃないかと疑うほどなのに。
どうして、来ない?
「会長…何かあったのかな…?」
駿河がぼんやりと呟いた言葉は、僕の不安を煽る。
一昨日。
それは、僕が生徒会役員とあの柚木満と接触してしまった日。
その日の夜に、幼なじみは来なかった。
次の日も。
そして、今日も。
一体、なんでだと僕は唇を噛み締める。
一昨日。
あの時、貴方は泣いてはいなかった。けれど、泣きたかったのだろう。
それくらいは、俯いて顔が見えなくてもわかった。なんたって、幼なじみなのだから。
その名は伊達じゃない。
でも、あの人は情けない人で、すぐに涙を流す。つまり、傷付きやすい人であって。
だから、好きな相手に殴られ、怒られて、あの人はきっと、泣きたかったはず。それをわかった上で、僕はあの人を慰めることもせずにその場から去った。
たしかに、人前で慰められる状況じゃなかった。
けれど、あの人は、傷付いたのかもしれない。僕が、あの人を見捨てたと思っているのかもしれない。
そんなこと、たぶん一生ないのに。
小さな不安は時間が経過していくほど肥大化していく。それは、どんなにそんなことないと自分に言い聞かせても、ちっとも薄れないほど色濃くなっていく。
「はぁ……」
ため息をついて、目を瞑る。
視覚を閉ざしたために、聴覚が優れたようで、僕はある音を耳に捕らえる。
カサリ、と。
紙が擦れる弱い音。
玄関の方から、聞こえた。
「…?」
僕は不思議に思い、玄関の方を見る。
「斎藤?」
駿河が不思議そうに僕を見る。
僕はそれに返事を返さず玄関に向かう。少しだけ、急ぎ足で。
だって、あの音は幼なじみが出した音かもしれないから、急いでしまうのは仕方ないことだ。
でも、
「…手紙?」
玄関にあったのは一つの白い便箋。
2つに折り畳まれたそれを、僕は拾い上げる。そして、書かれてあることを読み、僕は息を呑んだ。
慌てて玄関の扉を開け放ち、左右を確認してあの人の姿を探す。
あの、広い背中を。
でも、頼りない背中を。
しかし、その姿は見えなくて。
いくら目を凝らしても、寮の廊下にその背中を確認できなくて。
あの人は、もうそこにはいなかった。
「何なんですか…。一体、何なん、…ですか……っ」
僕は声を震わせる。
なんだか久しぶりに泣きたくなった。
涙なんて、あの人が流すばかりで、僕はなかなか流さないのに。
目頭が、熱い。
「斎藤、どうしたの…?」
駿河が心配そうな顔で玄関にくる。僕はゆっくり扉を閉めて、彼を見る。
すると、駿河はギョッとして僕の肩を掴んできた。
「どうしたんだ?何があった? なんで、…泣きそうな顔してんの?」
「ねぇ…駿河」
僕は駿河の質問には答えずにそう呼び掛ける。彼は困惑しながら僕を見つめていた。
「どうして…、ごめんなさい、だなんて…。あの人は…」
わからない。
わからないんです。
僕は小さく呟いて、あの人の字が綴られている紙をぎゅっと握り締める。
ねぇ、なんでですか?
なんで、貴方が謝るんです?
そして、これは何に対しての謝罪?
手紙には一言、ごめんなさい、と。小さく綺麗な字で書かれていた。
幼なじみゆえにわかってしまう。これは間違いなくあの人の字。
でも、この手紙を寄越す意味がわからない。
幼なじみなのに、わからない。
どうして、謝る?
この謝罪は何に対して?
ここに来れないから?
でも、何故?
僕は何も言わずに手紙を握る。駿河は、悲しそうな目をしていた。
僕が何も話さないからだろう。ごめんなさいと、駿河に内心では謝るが、僕は実際にそれを口にすることはなかった。
きっと、話しても駿河にはわからない。
結局、僕らは幼なじみと言う名の他人だったんだ。たったそれだけの話。
僕は自分が何でこんなにも不安なのかがわからなかった。
そして、同時に僕はあの人が何をしたいのか、わからなかった。
幼なじみ、なのに。
END
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