「会長」ってなんだ。

「会長」って偉いんじゃないのか。

「会長」ってもっとチヤホヤされるもんなんじゃなかったのか。

俺の描いていた理想の会長像はどこへ行った。

みんなの憧れの的なんじゃなかったのか。




…「会長」っていうものは、こんな、馬車馬の如く働くものなのか。



俺、大和 雄太(ヤマト ユウタ)はそんな風に、ため息をつきたい気分でその日、生徒会室にいた。












「―――と、いう訳でさ〜。可哀想に、湊(ミナト)はなんにも悪くないのに親衛隊から制裁って言う名の苛めを受けてるんだよー」


「まったく。あの頭が沸いてる集団、どうかしてますよ。こんなに可愛い湊に制裁なんて」


「…ん。日高と、北見先輩の言う通り。…親衛隊……、湊に、酷いことした。…許せない」



場所は生徒会室。

会長席で今日も今日とて真面目に(大量の)仕事に取り組んでいた俺の目の前。

俺以外の生徒会役員が勢揃いしていた。

先ほどの言葉を発したのはそんな彼ら。

副会長の北見(キタミ)、会計の日高(ヒダカ)、書記の武蔵(ムサシ)。




「あ、あの、大丈夫です! みんな、ちょっと誤解してるだけだと思うんです。だから、僕…頑張って誤解を解きますし…平気、ですよ」




そして今、言葉を発したのはそんな役員達が首ったけになっている少年。


たしか、先日あった入学式の四日後に編入してきた生徒だ。

イギリス人のクオーターらしく、髪はハニーブラウン。瞳も茶色がかっていた。

外国から日本に帰ってきた帰国子女で、入学式には間に合わなかったらしい。


まじまじと見つめてみると、その容姿の愛らしさににおぉ…と感嘆しつつも納得。

たしかに、この少年なら、役員が惚れるのもわかる。

儚い印象を受ける、華奢な体型、そして尚且つ可愛いらしい外見。

しかしその目は強い意志を秘めて輝いている。


俺は記憶を手繰り寄せて思い出す。



彼の名は、たしか若狭 湊(ワカサ ミナト)




「ダーメ! 湊は充分頑張ったもん。なのに親衛隊の奴らときたら…」

「そうですよ。湊は仲良くしようと努力しました。なのに親衛隊は制裁を止めません」

「…北見先輩の言う通り。だから俺達、…もう親衛隊に処分をくだしたい」




日高、北見、武蔵の順で若狭にそう告げると、彼らはじっ、と俺を見つめてきた。


さすがに無言で見つめられて、何も言わずにいられるほど神経は図太くない。

居心地が悪くなって、身動ぎをする。

そして、「負けるな自分。俺は会長だ。一番偉いんだ」と胸中で唱え、自分を勇気づけてから三人に向けて口を開いた。



「なんだよ」




途端に北見の目がスッと細くなるのがわかった。





「なんだよ…ですって?」







次の瞬間、俺はいきなり胸ぐらを捕まれ、そして椅子から無理矢理立ち上げられる。



「ぐぇ!」



首、首、首!

首締まってるから北見!



俺の心の叫びも虚しく、北見は鋭い目付きで俺を睨んでいた。こいつ、かなりキレてるな。親衛隊に対して。親衛隊にキレるのは勝手だが、その苛立ちを俺に向けるな。殺す気か!




「なんだよってなんですか? 大和、僕達の話聞いてなかったんですか? 湊が制裁を受けてるんですよ? こんなに可愛い、僕の湊が。ならば大和がすべきことは一つしかないでしょう? 処分ですよ。処分。親衛隊をさっさと処分してください。会長には、その権限があるんでしたよね? なら、今その権限を使え。早く使え」


「…き、北見、ギブギブギブギブギブ! 首、首締まって…る」



必死の形相でそう訴えると、ちっと舌打ちをして北見は胸ぐらから手を離す。首解放。俺の命は守られた。




「ふん。この程度で音を上げるとは情けない」





北見が蔑むような目で俺を見る。なんでだ。なんでこいつ、俺より家柄低いくせにこんなにも俺に辛辣な態度なんだ。一年生の頃からずっと。ずっと酷い奴だった。そんな態度は俺が会長になっても変わってない。おかげで、俺は他人から暴言を浴びせられることに慣れてしまった。どうしてくれる。





「そんなわけだからさ、会長。親衛隊の処分、してくれるよね?」



そんな風に、恨みがましい目を北見に向けていたら、日高が俺に、にっこり笑って問いかけてくる。

チラリと若狭くんを見れば、不安そうに大きな瞳を揺らしていた。


その庇護欲を駆り立てられる姿に、無類の小動物好きの血が騒ぎ、思わず首を縦に振りかけたその時。







生徒会室の扉が思いっきりガラァッ!と開けられた。




「やぁーまぁーとぉー…」







血を這うような、この世のものとは思えない声。



それが生徒会室に響き渡り、不気味な緊張感があたりを包む。

そして…







「…この書類はなんなんだ馬鹿野郎ーっ!」








空気が爆発した。




とてつもない大声に、日高が耳に手を当てる。

若狭くんは驚いて硬直。

武蔵はうるさそうに眉をしかめ、北見はうざったそうに声を発した人物を睨んでいた。





「あー…書いてあるそのままだ」


「納得いかねぇよ!」




厄介な時に来たなー…と思いつつ言えば、すぐに切り返される。よっぽどご立腹らしい。




「とりあえず落ち着け。そんで静かにしろ」


「落ち着いたらなんとかしてくれるのか!? 静かにしたら事態が変わるのか!?」


「いや、変わらないけどな? 冷静に…」


「これで冷静になれるかボケェェエ!」




そう叫ぶと、生徒会室の入り口にいた人物は、いきなり走り出し、バァァアンッ!と凄まじい音をたたせて生徒会室の役員用の机に飛び乗って仁王立ちに。




「なんで前年度より部費が少ねぇんだよ! あり得ねぇだろ! 去年も言ったじゃん! 俺言ったじゃん! 少なすぎるって! なのにそれより減らすとか、馬鹿じゃねぇの? 俺にケンカ売ってんのか? それでも金持ち学校か? ケチ臭せぇんだよ!」


「机の上に立つな。とりあえず降りろ!」


「なら金を寄越せ!」


「お前はどこぞの強盗か! 相模(サガミ)」




ため息をつきながら、机に仁王立ちする人物を見上げる。

低くもなく、かと言って高くもない身長。いわゆる平均。

真っ黒で、ワックスで弄ったりもしていないサラサラの髪。特に特徴という特徴はない。

そして今、般若のように歪められた顔は一言で言うと、平凡。


それが彼の人物、相模 翔(サガミ カケル)。


この学校の演劇部の部長だ。

三年生になったら、演劇部は受験と大会スケジュールの関係で、引退するはずなのに引退してないという強者でもある。



「さがみん、また来たのー? 今度は何ー? 足りなかった機材はこの前買ったよねー?」

「…壊れていたライトも修理しましたしね」

「…中割り幕も、…ちゃんと補修作業、した」



日高、北見、武蔵が口々にそう言って相模を見やる。
相模のこういった暴走には、生徒会役員ならば何度も経験する。

演劇大好き!演劇命!な相模は、演劇部を蔑ろにするような事態が起こると、どんな小さななことでもすぐに生徒会に乗り込んでくるからだ。


だから彼らも、今回の相模の出現に、やれやれとため息をついていた。


すると、そんな彼らに相模は般若の形相を向け、机から静かに降りた。…怒ってる。かなり怒ってるぞ、こいつ。


相模は平凡な容姿に似合わない、ギラギラした目を三人に向けて口を大きく開く。






「話聞いてなかったんかぁぁぁあい!!!!」


「ひっ」




そんな相模の渾身の怒鳴り声に、短くもらされた悲鳴。

見れば、悲鳴をもらしたその人物の小さく震えた手が目について。


…あー…恐がらせたかぁ…。


―――…悲鳴の主は、硬直していた若狭くん。



途端にシーンとなる生徒会室。

若狭くんは、相模の形相と怒鳴り声に明らかに怯えている。

そんな姿を見て、役員達が相模を責めないはずがない。だって若狭くんが怯えてるのは誰でもない相模のせいだし。


役員達が、相模を強く睨む。

相模はそんな彼らに若干怯んで口をわななかせた。


明らかな相模の不利。


でも…



たしかに、相模がいきなり入ってきて怒鳴り散らして、あまつさえ、机に仁王立ちして金要求して。

相模が悪いんだけどさ、つーか、絶対相模が悪いんだけど。



…唇を震えさせる相模を見て、俺が何もしないわけないじゃん。





「北見、日高、武蔵」





自分でも、こんな声出せたのかと驚くような低い声。
無表情で、彼らに告げた。





「止めろ」







その一言だけで、三人が息を詰めたのがわかった。

彼らは途端に相模から凶暴な輝きを灯していた目を反らす。


若狭くんが戸惑ったような目を向けてくるが、今はどうでもいい。

それよりも、相模だ。



「――――…部費の件は、また今度の総会で話合うから、いいだろ? 落ち着いたか?」




ぽん、と小さな頭に手を乗せてそう言えば、相模は驚いたように肩を跳ねさせる。

とりあえず、暴れないので落ち着いたのだろう。

そう思いつつ彼を見ていれば、相模は振り返って、とても清々しい、いい笑顔で…



「ぐふっ」


「気安く触んじゃねぇよ? あと、部費は増やす方向に考えとけよな!」



華麗に肘を俺の鳩尾にキメて、相模は笑顔で高笑いをしながらダッシュで生徒会を出ていった。

非常に大きな高笑いが、すごい早さでフェードアウトしていくのがわかる。あいつ、なんて足の速さしてやがる。




鳩尾の痛みに悶える俺に、武蔵が可哀相なものを見る目を向けてきた。

日高が呆れながらポツリと呟く。


「会長って、趣味悪いよね」と。

北見も、哀れむように呟いた。


「あれのどこがいいんですか?」と。






「うっせ…」


小さく反論。







仕方ないだろ。






惚れちまったんだからよ。










痛みに苛まれながらも俺は胸中で言い返す。


だってお前ら、知らないだろ?

新歓とか、公演とか、いつもサボるから。見たことないだろうし。


あいつの演技が、どれだけすごいか、なんて。


俺が一年生の時、今からニ年前。

たしかあれは、相模の高校初舞台。

演劇部の定期公演の日。






…人を魅力するっていうのは、まさにあんな感じなのだろう。

惹き込まれた、胸をうたれた。


一目惚れするくらい、すごかったんだ。



相模の演技だけ、光り輝いて見えて。

眩しくて、眩しくて。



どうしようもないくらい、相模から目が離せなかったあの日。




さっき、俺が相模を庇ったこととか、どんなに相模の暴走が酷くても、俺が相模にちゃんと対応してやる理由は、これでもうわかったろ?


あれからずっと、俺は相模に片思いしてんだから。


今年で三年目の。




――――――――――――


磯のアワビの片思い

(まぁ、どんなにカッコつけたって、結局片思いなんだけど…)




 


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