らしくねーな。

と、自分でも思う。






放課後の生徒会室。

おろおろと動いていた視線が、なにかを決意したように止まった瞬間、三上は口を開いた。


「め、珍しいですね」


だっせぇ。吃ってやがる。


「…なにがだよ」

「生徒会室にいることが、です。貴方、放課後になると最近はどこかに行ってしまうじゃないですか」


俺は書類にサインをしていた手を一瞬止める。


「……会長なんだからここにいるのが当然だろ。文句でもあるのかよ、三上」

「別にそういうわけではありませんけど……」


苦笑する三上に、俺は舌打ちを返す。

どうせ怖いんだろう。なのになんで無理に隠すんだ。

俺は乱暴に書類に判を捺していく。雑な赤い印が次々と生まれた。


「ちょっと、あまり乱暴に扱わないでください」

「わかってる」


三上のこういう口うるさいところは、俺が透明人間になる前と変わらない。どうせならそういうところももう少し抑え気味になってほしかった。


俺はふと窓の外を見る。いつもなら一河とベンチにいる時間だな、とぼんやり夕焼け色に染まる空を見る。

あいつは俺を待っているだろうか。

でも、約束なんて最初から一つも交わしていないのだ。また来ると俺が一方的に宣言しただけで。その逢瀬をデートみたいだと笑ったのは一河だったけれど。


「……なにか、考えごとですか?」


唐突に、三上が話し掛けてくる。コトリ、と音をたてて机の上に置かれたカップ。そこには紅茶が入っていた。どうやら彼がいれてくれたらしい。


「……ただちょっと、早くもとに戻らねーかなって思ってたんだよ」


ごまかすように俺は自分の手の平に視線を移す。そこには肌色は見えずに、机だけが視界に入る。


「私も……貴方に早く戻ってもらいたいです」


三上がぽつりと小さく返した言葉に、俺は「だろうな」と自嘲する。

化け物みたいだもんな。今の俺。そんな俺に、一河だけが普通の態度で接してくれた。だからちょっと、浮かれてた。

そんなふうに鬱々とする俺に対して、三上は首を横に振る。


「勘違いしないでください。会長が透明だと、私には会長が泣いても怒っても、それがわからないんです。会長が行動や言葉で示すなら別ですけど」


わりと舌打ちしたり言い方が冷たかったり、感情は示しているはずだが。

俺は困惑したように三上を見る。彼は目を伏せていた。


「でも、貴方はどうしようもないほど辛いとき、行動や言葉でそれを示さない。それはこちらにしてみれば不安なんです。たぶん、他の役員もそうなんでしょう。病気の貴方に仕事をさせないように、部屋に篭ってずっと仕事をしてますからね」


驚きの新事実だった。

俺は今とても間抜けな顔をしている。まさか役員たちがそんな理由で生徒会室にいないとは。


それに、三上の言葉。

ああでも、たしかに俺は自分が不安なのだと誰かに吐露していない。両親や、あの一河にでさえ。


「私はそれが心配で、貴方がいくら怒ったような態度をとっていても実は不安なんじゃないかって……、そうやって気遣うと貴方がいらついていくのはわかっていたんですけど……」


俺は三上の言葉に目を見開く。

じゃあ、こいつが吃ったり、びびったりしていたのは俺に対する「恐怖心」からではなかったのか。


「俺のことよくわかってるような口ぶりだな…」


渇いた声で皮肉じみた言葉を吐けば、三上は眉を下げて笑う。


「これでも生徒会に入ってからずっと、貴方の補佐をしていましたからね」


俺は三上のいれた紅茶を口に含む。それはいつも通り美味しかった。

紅茶を飲み込むと、俺はここ数日間ずっと考えていたことを聞いてみようと口を開く。


「なあ、気持ちってどうすれば100%伝わるんだろうな?」


三上は少し考えるそぶりを見せたあと、苦く笑った。


「100%なんて無理です。寂しいことですけど。私たちは別々の人間なんですから、考え方が違います。だからこそ、少しでも気持ちがわかるように表情や仕種に感情を表すんじゃないですか?」


こんなふうに、と三上が笑う。それは苦くて寂しそうな笑い方だった。


「そうか…」


俺は再び窓の外を見る。夕焼けはやがて夜の色に染まっていくだろう。一河はそれでも待っているのだろうか。それは、嫌だ。待たせ続けるのは忍びない。しかし、一河の友人に忠告されているのに会うのも憚れる。

俺は無意識に重い息を吐く。

あいつは空の色がわからない。なら、どうやって時間の経過を知るのだろう。今は携帯電話が音声で時刻を知らせてくれたりもするが、あいつもそういうものを利用しているのだろうか。


「わかんねーことばっかだ……」


たぶんあいつのことだから、待ちぼうけさせても「まあ仕方ないか」ってあっけらかんと笑うかもしれない。

でもわからない。他人の気持ちなんて、推測ばかりで本当のことはなにも。

三上のような近しい人間の気持ちでさえ俺は誤解していたのだ。しょせん感情の推測なんて、そんな程度のものなのだ。

三上の言う通り。他人の感情を100%完璧に理解するなんて無理だ。そして他人に100%伝えることも、きっと難しい。



ガタンと俺は立ち上がる。

三上が驚いたような目で俺を見た。



「ど、どうしましたか?」

「野暮用ができた」


俺はそれだけ言うと生徒会室を出ようとする。三上が慌てたように俺の肩を引っ張った。


「ちょ、ちょっと待ってください! たしかに今の貴方には仕事がないですけど、別に生徒会室にいたっていいんですからね!?」


その言葉に、俺はクスッと笑う。


「別に、ここにいたくないわけじゃねーよ。ちょっと人に会いに行くだけだ」

「あ、そうなんですか…」


ホッとしたように三上は俺の肩から手を離す。そして、不思議そうに自分の手の平を見てから俺を凝視する。


「どうした?」


尋ねると、三上は口元を緩める。


「いえ、透明でも触れるんだなって。やっぱり貴方はちゃんとここにいるんですね。なんというか、どこか別のところにいるのかって思ってました」


「ずっと不安だったんですよ。見えないから」と、三上は続ける。俺は彼の言葉に、じんわりと目の奥が熱くなった。

ああこんなの、俺らしくない。まったくもって、本当に。全然。らしくないんだ。


「ふん……馬鹿だな。透明だろうと、俺はここにいるに決まってるだろ」

「そうですよね」


三上が申し訳なさそうに、でも安心したように微笑む。俺は引き攣れそうな喉にぐっと力をこめて、声が震えないように気を配る。


「じゃあ、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい。会長」


三上に小さく手を振られながら、俺は生徒会室を出る。

廊下は静かだった。しかし、きっと正面玄関に近付くにつれて廊下は賑やかになる。たとえ放課後でも生徒はかなりの人数がまだ校舎内にいるだろう。

また嫌な視線を向けられるだろう。堂々と馬鹿にした目を向けてくる奴がいるだろうし、同情してくる奴もたぶんいる。


俺の気持ちがわからない他人なんか、いっぱいいるに決まってる。


態度も仕種も表さず、顔さえ見えないのだから。そんなこと当たり前なんだ。


「言葉にもしてないしな」


あえて口にした言葉は、すぐに廊下の静かな空気に溶けていった。


俺は足を動かす。

今すぐ会いに行って、伝えないといけない。



らしくねーな。

と、思う。

生徒会長ともあろう奴が、一般生徒相手になに必死になってるんだって。


でも、必死になりたい。あいつに対して、なんでそんなふうに思うのか。理由なんて一つだ。


「ま、その理由も、らしくねーけど……」


仕方ないのだ。俺だって普通の人間なのだから。




END

 
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