ここに星はない。見えるだけの闇が無い。
目がくらむ程の眩いネオンで、それだけで充分。胸を高鳴らせる感動は無いけれど、煌びやかに憧れを抱かせる光がある。笑い声がある。人の賑やかさがある。

それが私を一人ぼっちだと思わせる街。

不自由はない。でも自由もない。
あるのは上辺だけの作り笑い、それだけ。

ねえ、このリング可愛くない?限定品なの。高かったのよ、貰い物だけど。

素敵ね、綺麗ね。そんな言葉も街に濁って消えてゆく。なんて素敵な言葉なのに、なんて薄っぺらい言葉。そんなの紙一重よ。気持ちが入ってるか入ってないかなんて、受け取る人が決める事なの。要は私の気持ちはどうでもいいの。受け取る人間がどう思うかが大事なの。





「どうした、天童?」


携帯がバイブ音と共に光る。私は表示された名前を一瞥して電源を切った。


「ううん、なんでも」

「さっきからずぅっと鳴ってるけど、大事な電話じゃないのか?」

「大丈夫、大した用じゃないわ」


そう、きっと。大した用ではない。
ねえ、それより何処に行く?私は彼の腕を取った。鼻を掠めるこの甘ったるい香水の匂い。凄く好きでも無ければ、別段嫌いでもない。

私はこの人の何に惹かれたんだろう。ああ、そうか、多分雰囲気だ。よく似てる。紳士で甘やかしてくれる所なんかは似ても似つきやしないのに。そんな事を考えて胸を痛める。なんて、惨めな私。


「もうすぐ誕生日だろ。何が欲しい?」

「え!いいの?」

「その代わり高すぎるのはやめてくれよ」

「うーん、そうねえ…」


人が浮き足立つ、くらくらする街。
音が混ざり合って、なんて不細工。
私の小さな声なんて、きっと聞こえない。


「ーーーーーーしてよ」


私の顔を見た彼が、目をぱちくりさせて、
聞こえなかった、なんだって?と問う。
ほら、やっぱり私の言葉は届かなかった。

クスリと口を吊り上げて笑う。そんなもん。
大丈夫よ、期待はしてないの。その分落胆もしてあげない。聞こえなくて良かった。あなたもきっと、聞きたくは無かったと思う。


「一緒に居てっていったの。プレゼントも何も要らないから、本当に」


張り合いが無いよ、お前は本当に。
彼はそう言って私に囁く。
私は照れたように笑う。彼が喜ぶように。




家に帰り、電気をつける。ただいまと、小さく呟いて乱雑にパンプスを脱ぎ捨てる。今日も疲れた、と盛大なため息を洗面台で吐き出す。お疲れ様、自分。

携帯の電源を入れると、着信が5件入っていた。全部同じ人物からだった。それを見て私は安堵する。頗るもどかしくて苦しくて腹立たしくて抜け出したいのに、心底安心する。毎日がその繰り返し。

発信ボタンを押すと、2コール程で声が聞こえた。なんともまあ、不機嫌な声。


『……遅いおかえりなこって』

「仕方ないじゃない。仕事なんだから」

『ふぅん、そうかよ』


怒らせるのが好き。不機嫌だと、不安だったんだろうなと愛おしく思える。ごめんねと謝ると、素直に優しい声に戻る貴方が好き。私には持っていない可愛らしさが有る、貴方が好き。この時、この瞬間だけが今の私のリアル。


「どうしたの?何か急用だった?」

『ん?いんや、もうすぐお前の誕生日だから、何か欲しいもんあるかなぁって』

「……それだけ?」


そうだよ、悪いかよ。
そう言ってまた機嫌が悪くなる。照れ隠しなのがよくわかる。嬉しくてくすぐったくて、私はニヤけるように笑う。凄く可愛いなあ、なんてまた怒るから言わないけど。


「ねぇ、会いたい」

『……な、なんでぃ。珍しく素直じゃねーか』


電話越しでも分かる、照れているんだろう乱馬が私の胸を締め付ける。会いたい。触れたい。こんなに近しく感じるのに、なんて遠い距離。どうせ、叶わない。わかってる。
お互い言葉で縛り付けて、確かめあって、繋がってると思いあって、結局不安になる。不安を埋めたくて他人に求めて、そして貴方を不信がる。

私と同じ事をしていたら、どうしようと。

その時、携帯にキャッチが入った。表示を見たら、先程別れた彼からだった。私は眉間に皺を寄せる。胸の中がどす黒く疼く。



「………」

『……あかね?』

「……ごめん、疲れちゃったから、また明日電話する。来月会えるの、楽しみにしてる」

『わかった。また明日な。おやすみ』

「おやすみなさい」


電話を切る。おやすみなさい、大好きな人。
そして電話に出る。驚くほど高鳴らない胸に自分で驚く。なら、出なきゃいいのに。本当にそう思うくらい。


『悪い、電話中だった?』

「ううん、大丈夫よ、どうしたの?」

『さっきさ、言ったろ。髪伸ばしてって』


ぐ、と私は押し黙った。聞こえなかったふりなんて、つまらない小細工までしてなんて腹立たしい男なのかと嘲笑った。そして同時に、私によく似ていると感じたのだ。

クスリと笑って、茶化すように誤魔化した。
なんだ、聞こえてたのね、そんなしょうもないお願い事が。貴方は貴方のままでいいのよ。私はそれが好きだから。


「好きな人の髪を弄るのが好きなのよ」


乱馬は私のそばに居ない。

どれだけ苦しい思いをしていても、離れてしまえば気づかない。涙を流しても抱き締めてはくれない。不安を消してはくれない。安心させてくれない。触れさせてはくれないの。

世界で一番好き。乱馬が一番好き。
でも私を不安にする乱馬が嫌い。
だから埋めるの、貴方に似たあの人で。


「つまり、貴方のことが好きなの」


そうやって、毒付いて、忘れさせて。




END.
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