ーーーー夢をみた。

かすみお姉ちゃんが、綺麗なウェディングドレスを着てタキシードの男の人とヴァージンロードを歩いてる。その少し後ろの方で、お父さんがお母さんの写真を持って声を出して泣いてるの。なびきお姉ちゃんは目にうっすらと涙を浮かべて。空から降り注ぐ花びらと、周りからの祝福の声に胸を熱くした、そんな夢。

まるで夢のよう、そんな夢を見た。

ーーーーー………****

「こらあ!!待ちなさい乱馬ーーっ!」

「なんでぃ!俺はありのままのことをだなあーー…!!」

ドタバタと埃を立てて駆け回る私達を、他人事のような顔をした父達が、今日も平和だなあ、と呑気な声を出してお茶を啜った。

身軽な乱馬は、私が振り回す竹箒をなんちゃないように避けてかわして余裕綽々の顔で逃げるわ逃げる。それがまた腹立たしくて、意地になって追い回して捕まらなくて、捕まえられない自分の不甲斐なさを思い知らされて途中で不貞腐れて諦める。そんな毎日。

案の定、乱馬は猫のようにすばしこく、私にあっかんべーと憎たらしい顔を見せて逃げていった。


「もうっ!帰ってきたら覚えてなさいよ」


鼻息を荒げて、私は竹箒を投げ捨てるように庭に置いた。縁側の淵に腰掛けて、苛立ちを抑えながら膝を抱えるように座り膝に顔を埋める。

すると、横から一部始終を見ていただろう姉が柔かに私に声を掛けてきた。


「あかねちゃん、先生にお茶菓子いただいたの。いただきましょう?」


その顔も見ず、要らないと言う私の言葉を聞かずして、貰ったというお茶菓子と湯気が立ち込めるお茶を横に置き、冷めないうちに飲みなさいねとただそれだけ言って、かすみお姉ちゃんは消えていった。

不本意ながら、置かれた物をそのままにするわけにもいかず渋々お茶菓子とお茶を口にして、どこかホッとした自分がいたのだ。

池の水が跳ねる音が聞こえる。陽当たりの良い縁側で、お腹も膨れて心地よくなってきて、私はそのまま横になる。

布団を叩く音がして、姉が家事に勤しんでいる姿が想像できた。向こうで父達が将棋を打っているのか、騒がしくしてる声だけ聞こえる。かく言う私は、陽の光に当てられて眠りに誘われ、ゆっくりと瞼を閉じた。


………ーーーーーー****


そこは教会の中だった。周りからは、歓声にも似た歓喜の声が高らかに上がっていた。

私は周りをキョロキョロと見渡す。神父の前に、とても華やかな美しい女性がいるが、その顔はウエディングベールに隠れてわからない。横にいるのは新郎であろうか、タキシードを着た男性が彼女の腕を取る。


ーーーーーなんて素敵。


私の隣には、父がいた。大きな声をあげて泣いていた。その隣には、目を赤らめて、前を見据えて拍手を送るなびきお姉ちゃん。

私は無意識に、ああ、これはあれだ。そうだ。かすみお姉ちゃんの結婚式だ。とぼんやり思って、周りに倣って拍手をした。

向かい合った新郎新婦は、それはそれは絵になった。目を合わせて、姉は微笑み、新郎は照れ笑いを浮かべた。そして少し屈んだ彼女のウエディングベールを捲りあげ、再び見つめ合う。その額にキスを落とす。そして、誓いを結び、指輪を掲げ、口付けあった。教会に入る光が、ステンドグラスに当てられてキラキラしている。上から降り注ぐ花びらと、響く大喝采がとても幻想的で、胸を熱くした。


無意識に、私は泣いていた。世界で一番姉が綺麗だと、心の底から思った。


幼い頃から母代わりだった姉が、どうかどうか世界で一番幸せでありますようにと神様に願った。願いを込めて、誰より大きい拍手を送った。ぼろぼろ泣いて、ただ拍手を送った。

彼女の横にいる新郎は、私のよく知ってる人だった。穏やかに笑うその人は、本当に、昔からよく知っている人。それでも、名前が出てこない。ひどく懐かしく胸を焦がす、あの人なのにーーー……。



『綺麗だな、かすみさん』


そしてまた、誰かが言った。そう言って私の手を握り、汚ねえ顔だと、笑って私の涙を指の腹でぬぐってくれた。私はそれに、ただ頷くだけだった。何故だか、私はこの手を離さないと心の何処かで強く誓った。あの綺麗な美しい姉のように、この人の横で幸せだと笑っていたいと思った。


『泣くなよ、あかね』


その言って彼は、私の瞼にキスをした。


ーーーーーー………****


はっ、として目をさますと私は泣いていた。涙が風に当てられて頬が冷たくなっていた。
胸の高鳴りが収まらない暖かい夢をみていた気がする。心地よい夢を。

ふと横を見て、私は目を強かせた。
なぜなら乱馬が私の横で寝息を立てて眠っていたから。そして、私の左手を握りしめて離さない。

ありがたい事に、2人揃って上から毛布が被せられていて、外はもう既に夕暮れ時でカラスが鳴いていた。

私は彼を起こさないように、体を起こし、ぼうっと空の景色を眺めた。茜空の雲の隙間に、一番星が顔を覗かせていて、結構長い時間眠っていたのだと考えた。

変な夢を見たな、そう思ってどんな夢だったのか思い出そうとしたが、もうほとんど覚えていなかった。それでも姉の幸せそうな顔と、結婚式だったことだけはとても印象深く記憶に残っていて、穏やかな気持ちになった。


きっと、あの時姉の隣にいた人はーーーーー


何故だろう。そう思っても不思議と嫌ではなかったし、それならいいのにと願望に似た気持ちが私の中にはあって、結局のところ幼い私の恋心はもうとっくに過去のものになっていて嫉妬も恨めしさもなく、ただ祝福だけが心にあった。それはきっと、認めたくないけれど、あいつのおかげ。


左手の温もりに目をやって、乱馬の顔を覗き込む。ぐうぐうと寝姿を見て、先ほどまでの怒りはどこへ行ってしまったのかと自分で不思議に思うほど。幸せな夢でも見ているのか時折にへら、と笑う間抜けな顔を見て私はくすりと笑う。


そしてバレないように、その額にキスをした。


END.
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