おだい | ナノ

01-05今は瞼の下(ひとみだけで、笑った に続きます)


「食べてみたいです!」
小さな少年は、戸棚から出てきたホットケーキミックスを握り締め、いつもは無に近い表情を珍しくもきらきら瞳を輝かせて私にそう告げた。



私にも良く分からないが、ここではないどこかから来たと言うその少年は、何か神々しいものに死ぬ前に何かに一つだけ願いを叶えてやろうといわれて、ここではないどこかで幸せを味わってみたい、と告げたらしい。
そして七日の猶予を与えられ、なぜか私の一人暮らしをするマンションのベランダに転がり捨てられたらしい。

朝起きてカーテンを開けて朝日を拝もうとしたら小学校に行くか行かないか位の少年がガラスに手をつきじっとこちらを見ていたのと目が合い、それはもうビックリしたものだ。

悪戯だとしたら随分と手が込んでいる、と思いながらも寒いこの季節、唇を真っ青にして凍えているのを見て誘拐と騒がないでねと言いながら解錠し室内へ招き入れると、少年は切れ長のつり目を丸く見開き固まっていたのは昨日の事だというのに今はもう良い思い出だ。

そして昨日は朝ごはんにトースト、目玉焼き、サラダにスープを食べさせ、(フォーク使うの下手糞だった)お昼にとおにぎりを握って申し訳ないが仕事のため家を出た。
そして未消化の有給が貯まっていたのでちょっと纏めて取らせてもらい、テレビは朝つけたチャンネルのまま、ヒーターをつけるでなくこたつをつけるでなくブランケットに包まりじっと私の帰りを待っていた少年を目にして私はとりあえず一週間だけと腹をくくってただいまと告げ夕飯の為にキッチンへと向かったのだった。



朝ごはんを終えてお昼をどうしようかと思案中、買い物に行こうかと悩んでいると、少年(夕飯時に丁と教えられた)が戸棚にしまっていたホットケーキミックスを見つけてこれは何かと尋ねてきたので

「ホットケーキミックスだよ、ええと、あ、ほら今テレビに映ってるパンケーキとか作ったりできるヤツ」
たまたまテレビのコーナーでパンケーキがうつっていたのを見て、冒頭の言葉をきらきらした目で言われたのだ。
これは叶えなくてはならないだろう、うん。
でもテレビに映っているようなフルーツは無い。
買い物に行こうかと丁を誘おうとしたけど…その格好ではちょっと連れ出すのはどうなんだろうか。

「こういうフルーツが無いから買ってこないといけないんだけど、留守番頼めるかな」
「ここで待っていれば良いんですね。…でもちょっと私も外に出てみたいです」
「この格好じゃなあ」
120センチあるかないかの身長に合う服や靴はない。シャツは何とか私のぴっちりしたミニ丈のを着せればいいがズボンは…私のデニムのショートパンツでベルトをすれば何とか、靴は…その白い、履いていたやつで良い、か?

「じゃあそうだねえ、これ着て、ちょっと大きいかもだけど」
「はい、お借りします」
とっても良く伸びるタイツのようなレギンスをついでに渡して、着かたを伝えて服を着てもらう。
靴下は…まあいいだろう。この際ちょっとだし目を瞑ってくれ。

何とか着せた服をベルトで調整してマイクロフリースの黒のパーカーを着せて袖を折れば、まあ何とか外に出られそうだ。
丁の手を引き、財布をカバンに突っ込んで私達は部屋を出た。



「これは、凄い」
「想像以上に膨らんだね」
普通に焼くのもいいけど、炊飯器で焼いてみたくなって炊飯器にぶっこんで焼いてみた。
炊き上がった音に二人で駆け寄り、ぱかりと蓋を開ければもうそれはふわんふわんの塊が。
あれだ、ぐりとぐらのホットケーキみたい。

取り出して、フルーツを回りに飾って生クリームとアイスクリームを添えて、ホットケーキの上にぽとんとバターを落とした。
蕩けて滑るバターの塊を、きらきらした瞳が追いかけていく。
その大きく見開かれた目もバターのように溶けてしまうんじゃないかと思いながら、私はナイフとフォークを丁に渡して、切ってみろと促した。
丁はまだまだ下手糞な手つきでナイフを操り、一口大に切ったホットケーキをバターと生クリームに突っ込むようにしてからその小さな小さな口へと押し込んだ。

「!!」
凄く甘そうなそれを、丁はもう一口もう一口と逸る気持ちで切り分けて口に運んでいく。
余程美味しかったのだろう、大きな大きなホットケーキは瞬く間に丁の胃袋に吸い込まれていった。
勿論、フルーツやアイスも忘れずに。

「そんなに美味しかった?」
「はい、朝に食べるパンとやらよりもずっとずっと甘露でした」
「そっかー良かったねえ」
ここではないどこかから来た、そこでは味わえなかった幸せを一つ堪能してとても幸せそうに頬を緩ませる丁はとても可愛くて抱きしめてしまいたかったが、一気に食べて満足していた丁はふと、私に一口も渡さず食べきってしまった事に気がついたらしい、空っぽのお皿とにこにこしている私を見比べて、顔色を少し青くした。

「申し訳ありません、菜々子さんよりも先に食べた上に全部食べきってしまうなど私としたことが…申し訳むぐ。」
顔を青くした後に必死に謝ろうとしていたのを口を押さえて止めて、私はにこにこしながら反対の手で丁の頭を撫でる。
手入れをしたらもっともっと綺麗になるであろう、まだ少しぱさ付く髪を撫でて撫でて、撫で回した。

「丁は幸せになるために私んところに来たんだったら、それでいいのよ。悪さしない、言う事を聞く、嘘つかない。私と一緒にいるのにこれだけ守ってくれればそれで」
「でも、それでは私は菜々子さんに何を返せば」
確かに世の中のほとんどはギブアンドテイク、手間か金か、である。
だけどこのまだ幼く保護の対象となる子供に何かを返してもらおうとは思わない、いや、一つだけあるか?

「じゃあ目一杯楽しんで、幸せを感じてね」
そして感謝しろーとむき出しのおでこを突くと、丁はころりと後ろに転がった。
そしてむくりと起きて真剣な眼差しで私を見て、
「はい、楽しみます、幸せをいただきます」
と言って、ぺこりと頭を下げ、机にごちんとまたその可愛らしい額をぶつけたのだった。



お腹がいっぱいになって、溶けたバターのようにだらりとソファで伸びる丁を見て子猫のようだと思った。
うつらうつらしていたと思ったら、もうその漆黒の瞳は今は瞼の下。
ブランケットをかけてやり、起きたらココアを入れてやろうと思いながらソファを背凭れに私は読みかけの本を開いた。
知らない少年と一週間を過ごすだなんて誰が想像しただろうか。
それでも大概この状況を受け入れている自分にも呆れるような、誇れるような。
ごろんと寝返りを打って転がり落ちそうになった丁を片手のひらで受け止めて、押し返して。

一週間後が寂しくなりそうだと、再び本に向き合ったのだった。
(「寝てしまいました!」「お昼寝には丁度良い時間だったもんね」「?何をなさってるんですか?」「夕飯の準備。ねえ手伝ってよ」「はい、水を汲みに行きましょうか薪を拾いましょうか」「冷蔵庫から牛乳とって」「ああ、そうでしたここは菜々子さんのお家でした。牛乳とはこれでしたか」「それ豆乳、牛乳は青いの」「覚える事が沢山です、面白い」)
おわる?つづく?
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丁とちょっとだけ過ごしてみたくて。
もう一回くらい続きます。帰る時のお話
気が向いたら一週間の内容も書くかもだけど、今は特に考えてないです


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