うだるような暑さも、いつの間にか身を引き締める秋の風へと姿を変えた。
様々な赤や黄が、世界を染める。
「大丈夫かい?ジュンコ、」
防寒具を、上から優しくかけてやり、僕の顔の横から弱々しくこちらをみるジュンコの頭を撫でてやる。
寒さがきびしくなるにつれ、ジュンコの体調もどんどん悪くなり、それは僕の大嫌いな季節が近づいて来ることを嫌でも知らせた。
…学園での生活も随分馴れ、僕は生物委員会へ入った。
生物委員の委員長は、熊みたく大きくて、豪快に笑う人だった。
ジュンコを見て、『こりゃ、えらいべっぴんだな!』なんて笑ってゴツゴツとした手のひらで僕の頭を撫でた、人。
人と関わることは苦手だったけれど、委員会のときだけは、不思議といつもの憂鬱な気分はなかった。
「ひゃー寒いなー!」
委員会へ向かう途中。ぴゅー、と一際強い風が吹き、後方から大きな声が聞こえ、僕は無意識のうちにそちらへと顔を向けた。
羽織に顔を埋め、きゅーっと縮こまる、深緑色の髪。
(…………あ、)
神崎、左門だ。
寒さで赤く染まった鼻のてっぺん。
そういえば、いつもの二人組が見たらないが、今日は一人なのだろうか。
「まったく!さくべーも三之助もどこにいったんだ?」
…ああ。また迷ってるのか。
確信にも似た言葉が頭に過り、苦笑いが溢れた。
「ん?」
…どうやら、笑い声でバレてしまったらしい。
こちらを見て動きを止める神崎左門に、しまった、と心臓がヒヤリと冷えた。
…どうせ、僕のことなど、覚えてないだろうに。
今さらわざとらしいだろうに、ジュンコの頭を撫で、表情を消す。
「あぁ!伊賀崎まごへー!」
急に大声で名前を呼ばれ、思わず息が詰まった。
僕の事なんて、覚えてないはずなのに、
僕の事なんて、知らないはずなのに、
たくさんの何故が重なって、彼の方を見れば、いつかみた、いつもの笑みでこちらを見ており、その笑顔に心臓がきゅーっとなった。
目尻も、口も、とろけそうなくらい下げて笑う、彼。
ぶんぶんと大きく手を降りこちらに掛けてくる神崎左門に、何故か逃げたくなる衝動に襲われるが、実行に移す暇もなく。
その深緑は目の前で立ち止まり、さらに身をのりだし口を開いた。
「おー!その子が噂の蛇かぁ!」
目線は、僕の首もとで大人しくしているジュンコへ。
はきはきと、だけど少し気を使ったように声を抑え話す神崎左門に、僕は急に興味を削がれた。
…あぁ、そうか。こいつも、ジュンコの見物人か。
僕がジュンコと常に行動を共にしていることは、どうやら学園で有名らしかった。
ジュンコに対する、忌み嫌うような視線と、僕に対する、畏怖の視線。そして、なにより多かったのは好奇の視線。
まるで胆試しのように、僕とジュンコに近づいては、離れていく生徒たち。
…なんだ、こいつも、一緒か。
自分の、残念だと思う気持ちが、不思議でならなかったけど、それ以上に裏切られたと感じる心に、ツキりと心臓が痛んだ。
そんな僕の気持ちなんて気づく事もなく、神崎左門はにっこりと笑った。
「…ほぇー!さくべーと三之助が言った通りだ!目がまごへーにソックリ!」
………え?
想像に反した、思わぬ反応に、思わず呆ける。
「は、?」
僕にしては珍しく、大きな声が出た。
神崎左門はそんな僕に構わず言葉を続けた。
「まごへーの蛇がな、きれいだという噂を聞いたんだ!それで、二人が見たとき、「ほんとに綺麗な赤色だ」って、「目はまごへーに似てて優しい」って、言っててな、僕もずっと気になってたんだ!」
やっと見れたぞ!と本当に嬉しそうに笑う神崎左門に、きゅっと、何故か喉の奥が痛くなった。
「っあー!こんなとこにいやがった!!!」
「おーい、さもーんー」
切羽詰まったような声と、のんびりとした声。
それまでこちらをみていた左門の瞳が声の発信源へと写った。
「あ!さくべー!三之助!」
ドキドキと、心臓が脈打つ。
…これは、なんという感情なのだろう。
今まで味わったことない、…否、‘人’に対して、あまり感じることのなくなっていた…。
「(………………あ、
…うれ、しい……?) 」
ごつん、と頭を叩かれている神崎左門と、安心したように笑っている周りの二人を見て、心臓の辺りが少しだけ暖かくなる。
「?あれ?お前、伊賀崎孫兵?」
「っ!もしかしてお前ぇが左門を引き留めててくれたのか?!」
急に二人の視線がこちらを向き、僕はきょとりとまばたきを繰り返した。
何にも返事をしてないというのに、みるみるうちに明るくなる、赤毛の、確か名は富松作兵衛。
同じく、やんわりと口元を緩め笑う、確か名を次屋三之助。
「ありがとな!こいつ、なっかなか一ヶ所にじっとしてねーから大変なんだ、…っと、俺は富松作兵衛!左門と同じろ組なんだ、よろしくな!」
「同じく、ろ組の次屋三之助。」
名前で呼べよ、なんて。ゆっくり言葉続ける二人に、僕は困惑しながら、二人を見たあと、同じようにぽかんと呆けている神崎左門を見た。
ぱちり、と目が合い、彼の顔が綻んだ。
「よろしく!まごへー!」
顔を小さく埋めれば、ジュンコが、くすぐったそうにみじろぐ。
―…委員会に遅刻をして、怒られたのは、後にも先にも、この日だけだった。
(秋、君と話した、秋)