は夢、真は真。







「僕は……」

――――ずっと貴方が好きだったんです。
そう観月が言った刹那、赤澤は総ての色を失った。
褐色の肌をしている筈なのに、それすらも褪せてしまう程、鮮烈な言葉だった。
血の気が失せ、真っ青な顔をした彼の驚きに観月は、静かに瞼を閉じる。長く綺麗な睫毛が、雫を弾いてワイシャツに落ちて行く。
何も声を掛けてはくれない赤澤の、驚いているだろう顔を見ないように頭を深々と下げた。

「もう、貴方と会う事は……二度とありません。最後まで僕の我が儘を、身勝手を、貴方に押し付けてしまう事を……許して下さい」

震える涙声を押し殺し、崩れてしまいそうな身体を必死で支えていた観月は、まだ物言わぬままの赤澤へ、今までの謝罪と感謝を残して立ち去るのだった。







「……まっ、待ってくれ観月っ!! 俺を置いて行くなっ!!」


――――お前の本心が、やっと知れたのに……
くるり、と赤澤に背を向けた観月は、靴の踵を響かせて歩いて行く。
彼の残した言の葉が、幾度も身体の中を駆け巡る。
余りにも衝撃的な……自分の事が『好きだった』と言い、涙を流した観月を、この腕に抱き締めたい。
赤澤は、驚きの余りに失っていた声を取り戻し、切なる叫びで名を呼ぶ。
駆け出して腕を伸ばし、観月の細い肩を捕まえようとするが、歩いている筈の彼に追い付く事が出来ずにいた。

「くそっ!! 何で歩いてるアイツに追い付けねぇんだよっ!!」

辿り着けない忌ま忌ましさを舌打ちで相殺して、背を向ける観月を捕らえようとするが……叶わなかった。髪を振り乱し、なりふり構わず大声を上げる赤澤は、足元を掬われもんどり打つ。そのまま地面に沈められた身体は、微動だにしなくなる。
大地に吸い寄せられ、自分の意志に逆らう身体がもどかしい以外の、何物でも無かった。

「待ってくれ、観月っ!! 戻って来てくれっ!!」

――――頼むから、俺を置いて行くな!!
腕を伸ばし、目一杯広げられた手の平は宙を踊る。指先は、観月の身体を掴もうともがき苦しむ。
叫びも、願いも、思いも……
遠ざかって行く彼には何一つ伝える事が出来ず赤澤は、目から大粒の涙を流し続け、小さくなる背中を見ていた。



***



「ぐあっ!!」

「だっ……大丈夫ですか、赤澤?」

宙をさ迷っていた赤澤の手を、しっかりと握り締めた観月は、心配そうな顔をして見下ろしていた。
目を大きく見開き、何か危険な空気に捕われ怖い表情をしていた赤澤は、間近にある今にも泣き出しそうな彼の顔を見、我を取り戻す。
未だ揺らいでいる心を落ち着けようと、息を肺いっぱいに空気を吸い込み、一気に吐き出した。
真っ青でいた赤澤の顔色に、赤みが戻って来たのに気付いた観月は、小さな安堵の息を吐いた。

「もう熱は引いたようですね……随分とうなされていたので、心配しました」

額に張り付いた赤澤の髪をそっと掻き上げ、浮いて滲んでいる汗をタオルで拭き取って行く。

「俺……」

観月の施しを上の空で受けていた赤澤は一瞬、通り過ぎて行った風の冷たさで我に還る。
夏の最中に風が冷たく感じたのは、顔だけではなく全身を濡らしている汗の所為だった。
観月が、ずぶ濡れになってしまっているユニフォームを、覚束ない手付きで脱がしに掛かった時、赤澤がポツリと声を発した。

「熱中症ですよ。急に目眩がすると貴方が言い出して……ベンチへ戻って来るなり、そのまま倒れて意識を無くしてしまったんですよ。ついでに言うと、此処まで裕太くんと金田くんが担いで来ましたから」

未だ少し痛む頭を抱えて呟いた彼の一言に観月は、このベッドで寝かされていた理由を全て答える。
そうか、等と思いながら記憶の糸を手繰り寄せるが、途中で切れているそれでは何の役にも立たなかった。

「少し腕を上げてください」

穏やかな声色でそう言われた赤澤は、彼の指示に従い両腕を天へと伸ばす。すると、ユニフォームの裾を一気に引き上げ脱がしてしまう。
驚いている様子にくす、と笑うと観月は、『汗で気持ち悪いでしょう』と言った。
確かに。
風が当たり、吸い込んだ汗が冷えてしまったユニフォームは、あまり着心地の良いものでは無く、出来ればさっさと脱いでしまいたいと思っていた。
観月は、それが判っていてか、普段では考えられない位に甲斐甲斐しく、そして優しく赤澤の面倒を見るのだった。

「少し冷たいですが、我慢して下さい。それと……部室に戻るまでは我慢して、これを羽織っていて下さい」

観月が『冷たい』と言ったのは、赤澤の身体を濡れたタオルで拭き、綺麗にしてくれたからだった。
そして、勝手に他人の物を触るのは失礼だし、部室まで移動する間だからと観月は、自分の着ていたユニフォームを肩から掛けた。

「……あ、ありがとう。」

全く身の丈に合っていない観月のユニフォームだったが、赤澤は嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。
見ていた夢の中では、決して辿り着けない、追い付けないでいた観月が、こんなにも近くに居て、こんなにも自分を見てくれて居るのが……嬉し過ぎて思わず涙を零してしまう。

「その涙は、酷くうなされていた所為からですか?」

側机に置いていたタオルを手に取り、見開いたままの瞳から流れ落ちる雫を、拭ってくれる観月は、落ち着いた声色で赤澤へ問う。
彼の台詞に頷いて見せ、夢の中での出来事を、感情を高ぶらせない様に気を払いながら話し始めた。







「――――そうですか」

肝心なところは観月に伏せたまま、他の部分はありのままを伝える。
話しを聞き終えた観月は、『夢の中でも僕は、酷い人間だったのですね』と自嘲めいた笑いをして見せた。彼の言葉を否定しようと、今はこうして傍に居てくれていると赤澤が叫ぼうとした刹那、肩へ掛けられているユニフォームごと観月に抱き締められた。
身丈が合わず開ききったままの胸元に顔を押し付け、抱き着かれた緊張で高ぶる赤澤の鼓動を耳にしながら……

「そんな夢、早く忘れて下さい。僕は……貴方が好きなのだから――――貴方を、絶対に置いて行ったりはしません」

観月は凛とした声で、こう言葉を紡いだ。







夢は夢、真は真。
20101109






うっはー
結構、日にちかかっちゃいましたが…赤観です。

奴が熱中症なんかには掛からないだろうと思いながら、今年の夏の思いを込めて…熱中症ネタ。
実際、自分は倒れたりはしませんでしたが、かなり追い詰められました…この夏は。
ご飯食べらんないし、身体だるいし、水分ばっかで体調劇悪だった…私の夏の思い出(T_T)




夢の中では幸せ、ホントは違う…ってのがセオリーかも知れませんが、観月さんの素直なとこが書きたかったので、ぶっ倒れてもらいました…赤澤吉朗(笑)





素敵ルドルフ本に触発されて…の赤観でしたが、少しでも楽しんで頂ければ幸です。
お付き合いの程、ありがとうございました!





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