薇の君と、愛を唄う。









何も、望んではいなかった。
ただ、彼の傍に居られれば良かった。
それ以上の望みは、無意味だった。
望んでも……彼を手に入れる事は出来ない。



知っている。
判っている。


だから僕は……
ささやかな望みをも、手中から消し去る。










誕生日だと言うのに、燦燦とした光を無くした太陽は、厚い雲に隠されていた。それは、まるで自身の心に闇を落とすかの如く、厚く灰色したものだった。
忍足は、光の無い空を見上げ息を吐く。
誕生日の所為か、何時も以上に騒がしい周りから解放されたくて、部外者以外の立ち入りを禁止されている此処へ……テニスコートへと逃げて来たのだ。

「しかし、煩いわ……たかが誕生日やろう」

忍足に焦がれ、恋する瞳を向けて来る女の子達の色めく空気が、身体に重くのしかかる。
それは、この空模様と同じだった。
重苦しい色にもう一度、息を吐きベンチへと腰を下ろす。
纏わり付かれるのは御免だと、一人この場で時間を潰す忍足だった。



**



暫くの後。
よっ、と小さな掛け声を出した忍足は、長く座っていたベンチから重い腰を上げた。
両腕を、灰色した空に向けて伸ばし、身体を解放する。

「もぉ、ええ加減おらんやろ」

煩い女の子達は帰っただろうか?
是非ともそうであって欲しい。
願いながら忍足は、テニスコートを出た。
がしゃん、とフェンスの音をさせて自分達の聖域から一歩、足を踏み出し辺りを見回す。
もともと曇り空の仄かな薄闇に輪をかけ、日も陰り行き夕闇へと移り変わっていた。
あれ程、ざわめいていた人の影はすっかりと消え失せ、辺りは音の一つも無い空間へと変わっていた。
胸を撫で下ろした忍足は、安心し薄笑いを浮かべる。日が陰った所為で少し肌寒い風が、彼の周りを包み込む。
身震いをしてポケットへ両手を差し込むと、肩を窄めて帰路に着く。
朱く染まり行く木々の葉を、風に揺られて落ちて行く様を、切れ長の瞳を細めて見詰めながら歩みをする。
もう秋が過ぎ、目の前まで冬が迫って来ていた。
季節の移り変わりを自身で感じる忍足は、暖かさが欲しいと胸の内で一人の姿を思い描いく。

「みんなから誕生日祝い、跡部ん時に一緒にしてもろたけど……ほんまの自分の誕生日は、好きな人の傍に居(お)りたいなぁ……」

――――あの人に、それを望むのはアカンの……判ってるけどな。
身体の奥底で願う事とは裏腹に、忍足の表情は自棄めいたものだった。
好きな人を想うのは、どれ程に幸福な時間と気持ちを与えてくれるか。
女の子達が忍足を焦がれる様に、忍足も『ある人』に焦がれていた。
だからこそ――――
その向けられる視線に込められている『願い』も、忍足には手に取る様に感じるのだった。
煩いとは失礼な言い草かも知れないが、応えられない感情には、そう思うことしか出来なかった。

「そー言(ゆ)うたら、今日、あいつの顔……見てないなぁ」

忍足は今日一日、想い人に逢っていない事を思い出す。
何時もなら、此処か、サロンで必ず顔を見るのだが、今日は今の今まで姿を目にしていなかったと、闇に沈んで行く空に浮かぶ金星の輝きを見詰め溜息を吐く。
せっかくの誕生日なのになぁ、と忍足は益々その人へと想いを募らせて行った。



この空に輝く星の瞬きが似合う人へと恋情を、燃えるような朱い葉が降り積もり行くように――――







「はぁ……考えても、しゃーないか。明日また逢えるやろうしな……」

誕生日だからこそ余計に一目、その人に逢いたかった。
忍足は、残念そうな顔をして、足取り重く歩いていた。
すると、遠くから地面を蹴る靴の音が、忍足以外いないテニスコートに響き渡った。
誰だ!!
と、思い振り返った刹那、人影が襲い掛かってきた。
正確には――――抱き付いて来たのだ。

「……あっ、跡部?!」

「後ろから見ていたら、何時もの尊大さが形、潜めてたぜ。ったくよぉ……」

「なっ、なんやねん?!俺、お前みたいに偉そうちゃうやろっ!!」

「煩せぇ。少し黙ってな」

――――HAPPY BIRTHDAY 侑士。

自らの尊大さを棚上げした跡部は、手にしていた一輪の薔薇を、びっくりしている彼の唇へ差し込む。
そして。
誕生日を祝う台詞を忍足の耳元で囁くと、そのま唇はま頬を伝い、薔薇を銜える彼の唇を塞いだ。
仄暗いテニスコートで抱き付かれ、誕生日をキスで祝われた忍足は、その甘く暖かな身体へしっかりと両腕を回すと、

「ありがとう跡部……世界で一番、好きやで」

そう想い人に告白をするのだった。






薔薇の君と、愛を唄う。
2011017






すんません、またまた忍跡っす…
なんか跡部様の誕生日祝ったら、忍足さんもしなきゃなぁ〜と思いながら、漠然と書きはじめました。
オチは、薔薇の花を銜えてキスを交わす…って決めていたので、そこは頑張ったんですがね…間がグタグタで失礼しました(T_T)


うちの忍足さんは、跡部様の事を「名前呼び」できない人。
うちの跡部様も…「名前呼び」出来ないけど、今日は誕生日なんで頑張って貰いました。
基本、跡部様って照れ屋さんだと思っているので、告白なんて…声に出して出来ないんだろうなぁ…と思って、いきなりキスです(笑)
ある意味、勇気ある人!!



口にしなくてもきっと、テニスコートの中で惹かれ合って、そんな気持ちを抱いたんじゃ無いかなぁ〜とマイドリーム(笑)ひけらかして退散致します…恥ずかしいっ!!



駄文、お付き合いの程、ありがとうございました!!




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