Scenario




ふらり。
食堂に立ち寄ってみた赤澤の視線の先には、観月が小難し顔をして何やら呟いていた。
彼の視線は、机に広がった本やノートに向けられており、見られている事に気付かぬまま己の世界へ没頭する。

「この部分は……変更して、こちらは……と……」

資料に使われている本のページを幾つかめくり、ペン先で文字を辿る。重要と思わしき場所にはメモを張り付け、別のノートに書き写す。
それが終われば今度は、ひとまとめにされた用紙の束を引き寄せ、一枚ずつ目を通していた。

「どうして……上手く纏まらないんですかっ!!もうっ!!」

その作業を繰り返し、繰り返ししていた観月は突然、緩く波打つ柔らかな髪の毛を、力いっぱい掻きむしり大声を上げる。
余程、煮詰まっているのだろうと赤澤は、 掛けようとした声を飲み込み、その場を静かに離れた。
廊下を歩いて行く彼の背中を、食堂で唸り続ける観月の声が追い掛けて来ていた。



*****



「何故、僕の描いたシナリオ通りに行かない……えっ?!」

相変わらず資料と睨み合いを続け、声を上げている観月の元へ、食堂へ戻って来た赤澤は近付き、手にした物を机の上に置く。
突如現れた物に、当たり前だが驚いた観月は顔を上げ、健康的に焼けた手の持ち主を見上げる。

「それでも食って、頭冷やせば?」

そう言っているのだが、話しかけている当の赤澤の口には、観月の眼前に置かれた物と同じ……アイスキャンディーが鎮座していた。
早く食べないと溶けてしまう、と急かすように指差し突かれているアイスキャンディーの袋は、もう水滴が浮かんできていた。
資料の上にどっかりとあるそれを慌てて掴み上げ、鋭い視線を赤澤にくれてやる観月だった。

「大切な資料が水浸しになるでしょう!!もう少し考慮しなさい、赤澤!!」

「っつかそれ、溶けるの早ぇぞ」

「あ……は、はい」

これ以上、水滴を増やしたくないのか、はたまた赤澤の部長としての発言として受け止めたか。
間違いなく前者だが、促されアイスキャンディーの袋を開いた観月は、中身を取り出す。角があるはずのその四隅は、既に溶け始め丸みが出来ている。

「ありがとうございます。頂きます」

早く食べれば良いのに、持って来た赤澤に礼を言い、それから冷たいアイスキャンディーを口にした観月だった。


冷たい物が喉元を通り過ぎる感覚は、なかなかと慣れられないものだった。
しかめ面をしながらも観月は、少しずつ噛み砕いては飲み込む。胃の中が冷えるのと同時に、身体の末端、熱の上がった頭の中も冷えて行くのが分かった。
眉間に寄った皺や、釣り上がり気味でいた目尻が徐々に和ぎ、食べ終えた頃にはひと心地ついた様子だった。

「ご馳走さまでした。おかげで頭の中がすっきりしました、赤澤部長。あの……」

「金なんて気にしなくても良いよ。観月の役に立てたならさ」

冷静さを取り戻した観月は、アイスキャンディーとの事を合わせて赤澤へ礼を告げ、肝心な代金の話を持ち出した。
借りを作る事をあまり良しとしない性格故に、その辺りのけじめは付けようとする。
しかし、全く持って正反対の性格をしている赤澤は、豪快に笑って観月の言葉を一蹴してしまう。逆に、役に立てて自分自身が嬉しいと、満面の笑みをして見せるのだった。
観月が心密やかに好きでいる、赤澤のその笑顔を目の当たりにしてしまい、下がった筈の熱がまた振り返してしまいそうになる。

「あっ、ありがとうございます……今日は、ご馳走になります」

もう見ていられないと観月は、目の前で笑んでいる赤澤に、真っ赤な顔して改めて礼を言い頭を下げた。そして、そのまま彼を見返す事はせず、机に広がった紙の束へと視線を投げ、握ったペンを動かし始めるのだった。



「でさ、観月?」

「はい」

「さっきから何、頑張ってんだよ?夏休み入ってるし、今日から部活も休みで無いってのにさ、こんなとこで一人で……」

寮生のほぼ全てが夏休みで一時帰宅していると言うのに、寮には観月と赤澤だけが残っていた。
観月は山形からの上京者、短期での帰省をしないのは分かるが、赤澤に関しては……別に寮生にならなくとも自宅から十分に通える距離なのに、何故か寮に入り、尚且つ帰宅せず此処に留まっている。
彼には、彼なりの想いがあって寮生活をしているのだが、周囲へは適当にごまかしていた。
しかし、勘の良い木更津には、その本意を知られていた。
木更津が一時帰宅する際、赤澤に釘を刺して行くくらいに……観月の事を心に深く想い、少しでも長く傍に居たいとの願いを叶えるためだった。



自宅が割合近くにある癖に寮に残っていた赤澤と、二人きりで早速会話をする羽目になり内心焦っていた観月は、アイスキャンディーの一件もあり、文字でびっしりと埋め尽くされたノートを差し出した。

「読んでも……良いのか?」

「ええ。後少しで仕上がるんですが、どうしてもラストが上手く行かないんです」

赤澤は、観月からの了承を彼の口から得て初めて、その手からノートを受け取った。
そこには、登場人物の名前が書かれてあり、場面や台詞が事細かく、観月の指示もワンポイントで書き記されている。
正しく、観月がテニスにおいても描く『シナリオ』そのものだった。
読み進めて行くと、ごくごくありきたりな男女のラブストーリーで正直、淡々として面白みが感じられなかった。
唯、観月の凄い所は、その話の後ろ盾は完璧だった。その為の資料が、目の前にある机に広げられていたのである。
手にしていたノートをぱたん、と閉じた赤澤の顔を、観月は無言で見上げた。
目は口ほどに物を語り、どうですか? と感想を求めていた。

「ああ、良く出来てると思う……」

「そうでしょう! 此処までは完璧なんです!!」

喜々としている観月には非常に申し訳ないのだが、赤澤は眉間に皺を寄せ溜め息を吐く。
そんな赤澤の態度に、文句があるなら早く言いなさい! と、今度は目くじらを立てて睨み付ける観月だった。

「ここじゃ何だからさ場所、変えようぜ」

「は?!」

別にシナリオの事を話すだけなのなら、場所など変えなくても十分ではないか?
観月は思っていたが赤澤は、呆気に取られている彼とノートを手に食堂を後にした。



***



場所を変えようと観月とやって来た場所は、寮の屋上だった。
夕暮れ時のオレンジ色をした太陽が、雄大なその姿を地平線へと沈めて行こうとしている時間。
夏の盛りでまだまだ暑い日が続いていると言うのに、涼やかな食堂から屋上へと連れられて来た観月は、不満そうな顔をして設えられている鉄柵に身体を押し付ける。太陽を背にして腕を組み、不服な表情をしていた。

「いや、ホントに良く出来てたんだ。でも……」

「でも?」

「でも、単調過ぎて……面白くないんだ」

観月のプライドを慮って赤澤は、相手の求めている答えを躊躇いがちに小声で言う。
良く出来ていると言った癖に、面白くない?
その辺りが良く判らずに、毛先を指に絡めて遊ぶような仕種をして観月は、頭の中にあるシナリオを思い返して唸る。
やっぱり判らないと、困った顔をしたままの赤澤からノートを掠め、何度も何度も繰り返し読んだ。

「何処が、面白くないのですか?」

「何て言うんだろ……ドラマチックな演出が無くて、刺激が足りないと言うか……そんな感じ」

「あなたの言っている事は、漠然とし過ぎていて判り辛いですよ。きちんと説明しなさい!」

観月の剣幕に、ひと唸りする赤澤は、仕方ないと手にしたノートを彼の元へと戻す。そして、気になった箇所を指差した。

「ここから観月、女の子の台詞読んで」

「何故……ですか?」

「上手く説明出来ねぇから」

――――実践しよう。
そうした方が観月にも判って貰えるかも、と思っての判断だった。
悪い箇所を聞いた手前、今更断ることも出来ない観月は、女の子役に不服を感じつつ言われた通りにするのだった。



***



太陽は、地平線の向こう側へと姿を隠せば、それを追い掛けて月が地平線から昇って来る。
追われて、追って……
この二つ、互いに触れる事は出来ないが、人の心は追い続ければ伝わる事もある。
観月のシナリオには、人の心の『駆け引き』が足りないと、赤澤は感じたのだ。
テニスの駆け引きも同じ様なものだが、好き合う者同士のそれは情愛を伴うものだ。
観月へ、自分自身が抱える情が伝われば少しでも伝われば良い。
赤澤は淡い願いも織り交ぜ、実践を言い出したのだった。




「観月?」

「何ですか?」

「もうちょっと感情、入れようぜ」

淡々と読み上げてゆく観月の声に赤澤は、不服そうに文句を言うと、目くじら立てて怒り出そうとしている彼の手を引いた。
下方へ腕を引かれ、前のめりになるそのしなやかな身体を抱き留める。
何が起きたのか判かっていない観月は、動く事を放棄して赤澤の腕の中へ収まっていた。
ふわり、とした軽いウェーブのかかる髪を掻き上げ、隠れてしまっている頬と耳の辺りを露にしてしまう。ひやり、とした外気に曝された肌が震えた観月の耳元へ、赤澤の熱っぽい唇を押し当てた。

「は、離っ……してっ……!!」

「ほら……この方が実践的だし、ドラマチックだろう」

――――好きだ、観月。俺だけの人で居てくれ……

赤澤の大きな手が、観月の髪に添えられた。
これから自身に起ころうとしている事に怯えるその背を抱え、優しく撫でて落ち着かせる。
白く震える頬に赤澤は頬を寄せ、朱に染まりつつある観月の耳朶に小さく唇を押し当てたのだった。




怯えていた筈なのに……
観月は柔らかく笑み、赤澤の背に爪を立てていた。






Scenario
20100926





はいはいはい〜
めっちゃ暇かかったし、いいたい事がブレ始めていた……赤澤誕生日小話でした。
しかも長い(笑)


これは…
赤澤の為に観月が書いた「シナリオ」でございました。
こうなる風に予見して書き、見事ハマった赤澤でございました♪



と言う訳で…
かなり遅くなっちゃいましたが、赤澤お誕生日おめでとう☆



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