し君へ、この美しき花を。






『……観月、ちょっと良いかな?』

外はすっかりと夜の帳が降り、夕食を済ませた寮生達は、思い思いに自由時間を過ごしている頃。
木更津は、観月の部屋をノックして声を掛けた。
ちょっと待ってください、と室内から呼び声に返事をた彼は、慌てて身だしなみを整えドアを開く。

「どうかしましたか、淳?」

「ごめんね。お風呂も終わってるのに来ちゃって」

「大丈夫ですよ。それより急用ですか?」

「……うん。実はね……」  

観月にしては控えめな、淡いブルーのパジャマに薄手のカーディガンを羽織り、室内から顔だけを出てみれば、木更津が困った面持ちで立っていた。
風呂上がりで未だ濡れている髪を、片手に持つタオルで押さえながら、小首を傾げてその困り顔を見つめた。
言葉を言い倦(あぐ)ねていた木更津は、視線をある方向へと動かす。すると観月も、それに習って首を動かした。

「――――なっ?!」

「ゴメンね……どうしてもって聞かなくってさ。じゃ……後、宜しくね」

二人が動かした視線の先には、寮生では無い赤澤が立っていた。
木更津は、観月の部屋までの道案内を頼まれただけだと、そんな意味合いの言葉を残し、自室へと戻って行った。

「こんな時間に悪いと思ったんだけどよ……」

陽に焼けた精悍な顔立ちを少し崩して赤澤は、茶けた髪を掻いてぽつり、小声で話す。
きっと観月は、迷惑をしているだろうと思いながらも、此処へ来る事を止められなかった――――とも言葉を付け加えた。

「……入って下さい。余り綺麗ではありませんが、どうぞ」

羽織っただけのカーディガンの襟を合わせ、開いた胸元を急いで隠すと観月は、彼を室内へと通した。

「ありがとう」

腕組みしている観月の横を赤澤は、大きな身体を少し小さくして中へと入った。






「それで……要件は何ですか、赤澤?」

室内へ通した彼に椅子を勧めた観月は腕を組み、胸元を隠して立っていた。
自然と大柄な彼を見下ろす形になり、その茶色くある髪の辺りを眺めていた。
すると赤澤は、不意に頭を上げる。自分を見下ろしている観月の瞳を、切れ長の眼を優しく細めて見つめて来た。
その表情に思わず息を飲んだ観月の時は止まり、白い肌を薄い朱色で染め上げた。

「誕生日だったろ、今日?」

「は?当たり前の事を今更聞かないで下さい。あなた達がお祝いをしてくれたでしょう?」

「そうなんだけどな……どうしてもコレを渡したかったんだ」

「なら、あの時でも良かったのではありませんか?」
自分を照れさせた事に半分怒りと、半分嬉しさを滲ませて赤澤の言葉を打ち返す。



***



観月は今日、歳を重ねて新しい一歩を踏み出した。
山形から出て来たのは、もう歳を三つ数える前。
周りの事は何も判らず、ただ自分の頭にある知識と、この意地だけで闘うつもりでいた。
しかし、いざこの地に入ってみれば……最初の頃こそは色々、それこそ本当に色々あったが今では仲間が居て、その中に観月の姿もあった。
自身の性格から群れる事は出来ないと感じていたが、こうして共に過ごせる仲間が出来たのは嬉しくもあり、擽ったくもあった。
そんな築かれた絆からか今年は、観月の誕生日を部員が祝ってくれたのだ。
サプライズな出来事に、驚きと嬉しさで思わず泣いてしまいそうになる観月は、得意の口撃で照れ隠しをしてしまい、ある意味賑々しい祝福をされたのである。


***



昼間に皆で祝ってくれたのだから、今、改めて誕生日だと言われても……と観月は困り果てる。
眉間に皺を寄せているが、言葉は何時もより弱々しくある声を耳に赤澤は、手に携えて来た紙袋を差し出す。

「みんながいる前じゃ恥ずかしくてよ」

そう言いながら彼は、観月の部屋の前に立っていた時のように、髪に手をやり一つ掻いた。
照れ隠しに笑うその表情に観月は、高くなる鼓動を夢中で押さえ、目の前にある紙袋を受け取った。
軽々と持っているものだから重みが然程無いのかと思いきや、意外と重量感があり目を丸くして赤澤を見る。
袋の口を指差して中身を見るように促され、その通りにする観月だった。

「あ!」

「これ見てたらさ、観月しか頭ん中に出てこなかった……受け取ってくれよ、な!」

その中に有った物は、可愛いらしいピンクの薔薇の花を咲かせた、手のひらに収まるくらいの鉢植えだった。
目を輝かせ、言葉は無くとも表情で喜びを語る観月に、赤澤も見ていて嬉しくなる。プレゼントを渡せて良かったと満足したのか、椅子から立ち上がり帰る旨を告げた。

「観月の嬉しそうな顔見れたし、迷惑だろうから帰るよ」

「まっ、待って下さい!」

「これ以上、長居しちゃマズいだろう?」

「まだ大丈夫です……だから、あと少しだけ!!」

――――それに、お礼も言ってませんから!!

赤澤の羽織っているシャツを片手で掴んだ観月は、帰らないように願い出る。そして、片手に持っていた紙袋を机に置き彼を見上げると、プレゼントされた薔薇の様に可愛らしい笑みをして見せた。
今度は赤澤が、その華やいだ表情に、胸の高鳴りを抑えられなくなる。

「ありがとうございます。あなたから頂けるとは思わなかったので……本当に嬉しいです」

赤澤の熱を持て余す様を知ってか知らずか、穏やかな笑顔を携えたままに彼の首元に両腕を巻き付けた。
柔らかな抱擁をし、薄い布越しに彼の温もりを感じながらもう一度、ありがとうございます……と胸元に顔を埋めて伝える観月だった。






20100521





***



結構、難産でした。
やりたい事は決まっていたけど、上手く動いてくれなくて……慣れてないのが一目瞭然!


観月には花……だよな〜と思い、赤澤からプレゼントして頂きました。
みんなからも貰ってるだろうけど、彼から貰える花は格別……と言いたかったのでした(笑)




これまたフライングですが観月、お誕生日おめでとうございます〜
赤澤を傍に、幸せな誕生日にしてくださいね!!





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