融点キス
互いの呼吸音が聞こえてしまいそうな程に静まり返った室内。
さっきまでは淹れたばっかりで、暖かな蒸気を放っていた煎茶もすっかり冷えていて、知らぬ間に長い時間が経っていたらしい。
その間、身動ぎ一つどころか瞬き一つもしない(と言うか、彼の細い目に瞬きの必要性はあるんだろうか、と思ったらきっと彼は怒るのだろう)お互いの間には無意味な緊張感が漂う。
長い手足を組んで椅子の背凭れに身体を預けるサマはとてつもなく絵になるが、威圧感に押し潰されそうな此方からすればトンでもない恐ろしさなのだ。
只でさえそう言うオーラを放っているのだから、もう少し自覚した行動を起こして欲しいものである。こんな雰囲気でそんな事を言えるほど肝が太くないので冷や汗ばかりがやたらと背筋を伝う。
「実はな、お前に頼み事があるんだ」
「…頼み事?」
口火を切ったのは意外にも(?)柳の方からだった。
気まずい雰囲気はなく、むしろ快活なまでの物言いに、先程までの自分の焦りが独り善がりと気付かされ、無性に気恥ずかしい。
聡い彼にはやはり自覚がほんの少しだけ足りていないのだ。
そんな点がズルくて仕方がない、といつも思う。
神の子と呼ばれる彼と比較は出来ないけれども、それでも神の子の方がよほど素直で純な、可愛い奴だ、と仁王と丸井に言ったら「有り得ない」と強く否定された。
どうにも釈然としない蟠りが胸元につっかえたまま、その発言に首を傾げる以外になかった。
私は柳の泣いた顔も、笑った顔も、困った顔も見た事がない。
達観した人間と言うのはそうした保身策を擁しているのだろうか。上辺だけではない、彼を知りたいと思う私は欲張りだろうか。
「それで、何なの?」
「お前は、…怒ったりはしないか?」
「えっ…と、内容にもよると思うけど」
…そう、だな。その通りだ。
多少の沈黙を隔てた後に空気を震わせた柳の表情は困り果てたかのように整った眉尻を下げ、薄い唇を頼りなさげに上げるその表情は確かに生きていた。
理数系が苦手な私だが、大嫌いな化学式が解けた時のような、一瞬の清々しさを覚えてしまった。こんな感情も柳にしてみれば計算通り、なんだろうか。
「キスしたくなった、と言ったら…怒るか?」
「は?」
「柔らかそうなお前の唇に」
「は?!」
むしろ、私の方が思っていたよりも単純なのだろう。
抱き寄せられた腰、近付く端整な顔、そして、
優しく触れた唇の感触に、目眩が、した。