平和島静雄はこれまで、クリスマスという1年で最大ともいえるイベントを堪
能したことがなかった。一緒に過ごす相手がいないというのも理由のひとつであ
る。しかし静雄本人は別段それをなんとも思わず、恋人が欲しいという願望が人
並みにはありながらも基本的に無関心なのだ。欲しいとは思うができないならそ
れはそれでいい、と。

「……う…寒…」

 静雄はぶるりと震えた身体を縮こまらせ、赤くなった鼻まで淡い青のマフラー
で隠す。制服のポケットに無造作に突っ込んだ手はぬくもりを求めていた。はっ
。自嘲。吐き出された白い息は鬱陶しい冬の寒空に溶け込み、やがて消えた。

「……静雄?」
「、あ?…門田」

 ふいに名を呼ばれ振り向けば、そこにいたのは同級生の門田京平であった。そ
こにいた彼はやはり制服にマフラーという出で立ちで、しかしそれだけでは寒い
のかダッフルコートを着込んでいる。まだまだ寒いのに今からそんな格好かよと
静雄が笑うと、寒いんだから仕方ねえだろと門田がやはり笑った。

「…今日は1人なんだな」
「?…別にいつもこうだろ」
「、あー…いや、悪い忘れてくれ」
「……?」

 きょとりと首を傾げる静雄に門田はあいまいに笑ってみせる。静雄こそ知らな
いでいるが、静雄と門田がつるんでいる同級生もう2人はおそらく門田の意図に
気づいている。そしてさらに言えば、片方の同級生も門田と同じ思いを抱いてい
た(と門田は思っている)。しかし当たり前のように静雄はそれに気づかず、2人
の思いはいつ届くのやらといったところだ。

「静雄?…それに門田くんも」
「…岸谷」
「おう」

 噂をすればといった感じで現れた眼鏡の青年は岸谷新羅。見たところ笑顔の優
しい好青年だが、実は闇医者という公にできない仕事をしている。しかし恋人へ
の愛が過大で変態という節もあるらしい。

「珍しいね、2人が一緒にいるなんて」
「まあな」
「……」

 適当に返事をする静雄。それに新羅は門田に向かってにたりと笑んでみせた。
とはいっても新羅はもともと笑顔でいることが多いので、静雄に不審がられるこ
とはなかったのだが(もちろん新羅の笑みの意図するものに気づいた門田は、苦虫
を噛み潰したような顔をした)。

「ねえ、そういえば臨也は?」
「、…おい岸谷、」
「え?……あ」
「………臨也だあ?」

 新羅の発した言葉に、それまで穏やかだった静雄の額に青筋がびきりと浮かぶ
。新羅はようやく自分が何を言ってしまったのかに気づきはっと口を己の手で塞
いだが、しかし時すでに遅し。みるみる不機嫌をあらわにする静雄にたらりと焦
燥の冷や汗を流した。門田もそれは同様であるが、フォローをしようと慌てて口
を開く。

「お、落ち着け静雄。何も臨也がまたお前に何かしたってわけじゃねえだろう?

「………臨也ぁッ!」
「、……え」

 咆哮。鋭い視線。静雄のそれらが向けられた方へ目をやると、そこには確かに
臨也――静雄が殺したいと常々憎しみを向ける、折原臨也がいた。

「臨也てめ……っ」
「待て、静雄」
「、邪魔すんじゃねえ門田!」
「よく見ろ。…様子がおかしい」
「ああ!?」

 制止した門田に今にも殴り掛かりそうになりながらも、友人に怪我をさせたく
はない静雄はしぶしぶ門田の言うとおりにした。そこにはまごうことなき折原臨
也がいて、相変わらずいけ好かない余裕ぶった顔を――
 して、いなかった。

「…ちっ…なんだってクリスマスイブなんて日に逆襲なんかしに来るかなあ」
「折原ァ、よくもうちの奴をいたぶってくれたなあ?」
「いくら手前でも1人でこの人数相手はできねえだろう!」

 臨也1人に対しその前に立ちはだかるのはおそらく臨也に恨みがある人間なの
だろうが、ざっと数えただけでも30人は下らないだろうか。臨也は彼らに取り囲
まれ、忌ま忌ましそうな顔で睨みつけていた。

「ありゃ、臨也…あんなに恨み買ったのかな。馬鹿だねえ」
「…はあ…仕方ねえ、警察を、っ!?」

 呼ぶか、と門田が言おうとした瞬間。とてつもない速度で何かが駆け抜け、マ
フラーや髪が風になびいた。風が流れた方は臨也のいる方で、門田と新羅がそち
らに目を遣る。するとそちらには先刻まで見ていた金髪があり――

「な、し、静雄!?」
「静雄!」

 2人が止めたときにはすでに金髪――静雄は臨也らのもとにたどり着いていた
。青筋を浮かべたまま臨也を取り囲む男たちの一部を数メートル先までぶん投げ
、目を見開いて驚いている臨也と対峙する。衿元を掴んでがなった言葉は、門田
にも新羅にも、もちろん臨也にも理解不能なそれであった。

「手前、臨也ッ!勝手に狙われてんじゃあねえ!!」
「、……は?」

 絶句、唖然。てっきりざまあみろとでも言われると思っていた臨也は、ぽかん
としながら視線を泳がせた。するとやや遠くに同じく呆けた門田と新羅が立って
おり、臨也はちいさくため息をつく。この状況を理解できそうな人間は、どうや
らいないらしい。

「…どういう意味かな、シズちゃん」
「うるっせえ!ノミ蟲の分際で他の奴に殺されかけんじゃねえっつってんだよ!

「………?」
「手前を殺すのは俺だ!!」
「、――…!」

 静雄の思わぬ言葉に臨也は再び目を見開き、門田はすこしばかり顔を歪め(心情
は察して欲しい)、新羅は横にいる門田に気を遣いながらも心中ですごい殺し文句
だなあと呟き腕を組んだ。とはいえもちろん、静雄の方にそんな気はまったくな
いのだが。

「…これで無自覚なんだから…困るよねえ」
「ああ!?なんか言ったかノミ蟲!」
「なんでもないよ。…とりあえずさあシズちゃん、こいつらなんとかしない?」
「……ちっ、」

 ため息をつく臨也をよそに静雄はちいさく舌打ちをすると、すさまじい勢いで
駆け出し男たちを殴り飛ばし始めた。シズちゃん1人でやった方がいいんじゃな
いのと1人ごちながら臨也も参戦する。たった2人に倒されていく男たちを門田
と新羅はただ眺めるだけであった。


♂♀


「あー…疲れたー」

 ひとしきり男たちを殴り倒した後、臨也の提案で新羅の家に行くことになった
。新羅はというとセルティといちゃつけないじゃないか!と憤慨していたのだが
、当のセルティはにぎやかなのが嬉しいのか嬉々としてクリスマスツリーを飾り
つけていた。

「せっかくのクリスマスイブにいつものメンバーでなんてねえ」
「文句あるなら帰りなよ。君が疲れたって言うから私はセルティといちゃつくの
を我慢して家に招き入れグホアッ」
『人前で何を言ってるんだ!黙って食べてろ!』
「大丈夫か岸谷、鼻から血が出てるぞ」
「いいよドタチン、幸せそうだから。リア充爆発しろ」
「その呼び方やめろ臨也」

 セルティが作ったという豪華な料理を頬張りながらいがみ合い笑い合う4人に
、静雄はふと思った。もしかしたらこれは夢で、本当は今日はクリスマスイブな
んかではなくて、仕事に疲れた自分が見ている幻想、なのではないかと。こんな
ことはありえないのだ。自分以外の誰かに囲まれて、笑いながらいつもより豪勢
な食事にありつくなど。夢のような――いっそ覚めない夢であるならいいと密か
に願う、こころ。

「静雄、どうした?」
「お腹いっぱいならシズちゃんの分のケーキ食べちゃうよ?」
『だめだ』
「ケチ」
「臨也、セルティに悪口言わないでくれるかな」

 ――だけど、これは夢なんかではないらしいのだ。あたかかくて穏やかで、涙
さえ出てきてしまいそうなこの景色は。味は。思いは。夢などという言葉では、
とうてい片付けられない感動だった。特に、クリスマスを楽しんだことのない静
雄にとっては。

「――ありがとう」
「?」
「シズちゃん、なんか言った?」
「…なんでもねえよ、」

 そうして、静雄は初めて12月24日という聖なる日に、笑顔を見せた。クリ
スマスツリーの輝きを目に焼き付けたいと、それを穏やかな目で見つめながら。




2010/12/25
Merry Christmas!
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