きっと彼は泣いているだろうか。それとも彼は彼でありながら――であるから泣いていないのだろうか。分からない、けど俺がこれだからきっと泣いているんだろうな。
帰艦帰還気管
息なんて出来やしない。しようとしても口の中に入ってくるそれはしょっぱくてそれがただ肺の中を満たしていく。人間酸素が必要不可欠だから俺は死んでしまうんだろうか。でも俺は彼らと同じように俺でありながら――であるからそんなことはないのだろう。俺は――だ。俺はただあの人のために生きていければいいんだ。最期がこれでよかったんだ。きっと――も同じこと考えたのかな。なんて、
「しょっぱいなあ」
声に出したくても空気の代わりに出てくるのは周りと同じなのにそんな色に見えないそれだけ。届かないのなんて知ってるけど、最期にこれだけは言わなくてはいけない。日本男児だから。ああ、日本――なのかもね。そういうことはどうでもいいか。
「――」
自分たちの長男、みんなを見守ってくれた人。俺らの中でただ一人輝く髪を持っていて、ときどきそれがお天道さまに照らされてきれいで、ああなりたいと思った。俺らの太陽は―さんだ。あの髪だったら見守られていると実感したんだろうな。
「――」
数日前に海の中に沈んでいった、これは帰って行ったのほうがいいのかなあ。そんな兄。母なる海なんてよく言うし。いや、違う。俺らには海よりも帰る場所がある。―さんの元へと帰るのが役目なのだ。俺も同じように沈んでいく。そしたらずっと下の方で会えるかな。待っててくれるかな。
「――」
俺の、最―の人。ごめんね。俺は今こうやって痛みとともに沈んでるんだ。一緒に帰れなくってごめん。もしかしたら待ってるかな、とか。でもしょうがなかったんだ。これしかなかったんだ。許してくれるかな。鏡みたいな――が大好きだった。――みたいにもっと表情豊かになりたかった。――とともにもっといたかった。――と一緒に―さんの元に帰って、また「本当にそっくりですねえ」って言われたかったよ。ごめん、俺はこんなにも弱かったよ。
「―、――…っ」
目から何かが溢れだすような感覚がする。外、周り、この青い中は冷たいのになんでこれだけ温かいの。なんでこんな時にあふれてくるの。なんでこんな感情なの。会いたい、会いたいよ。どんなに傷だらけでもいつもお帰りって言ってくれた。だから今回も帰る前に合流してまたお帰りって言って帰りたいのに。だめだよ、もうできないや。「俺の帰る場所は――のとこだね」って笑いながら言ってくれたのは――だよ。生き残りたいよ。――の帰る場所になりたい。いっそむしろ――になりたい。 なんで涙はしょっぱいんだろ。なんで海水もしょっぱいんだろう。口の中から伝わる味がずっと一緒だから、本当に俺が泣いているのか分からない。泣いていたら抱きしめてくれたのは――。――が泣いているときに抱きしめるのは俺。それがお互いの役割だよ。ほら、俺泣いているから、抱きしめてよ。駄目。そんなことしたら――まで沈んじゃう。 ほぼ一緒に生まれたんだから最後くらいいいでしょ神様。最後くらいお願いかなえてよ。ああ俺が沈んだなんて――に伝わらなければいいのに。そうしたらきっと――がこうやって沈んだなんて聞いて悲しむこともないんだ。だから、ねえ、神様。
「――、会いたいよ」
ごめんなさい―さん、――、――。俺は――とともに海に眠ります。今までありがとうございました。いつか会いに来てくださいなんて絶対に言わないから。俺らの分だけ生きてください。戦ってください。お願いします。 ああそれと――へ、俺は眠っているだけだから泣かないでね。ただ眠ってまた会えるのを待ってるだけだから、気にしちゃあいけないよ。それじゃあ榛名、また会おうね。
|