いつもチャリアカーに乗ってると思われてるだろう俺たちも、電車に乗ることはある。遠くの学校へ練習試合に行くとき、学校の行事で他県へ出かけるとき。その度に見る緑間の姿は俺のツボをついていた。

――緑間真太郎は電車の切符が買えない。

都会で暮らす俺達にはあまり切符というものは使わない。切符代わりになる電子マネーが流通する前はよく使ったというのに。
駅の改札口の前、天井近くの壁を占領する地図を見て降りる駅を探す。その下に表示された数字を覚えて、券売機にその数字と同じ金額だけお金を入れて光るボタンを押すだけ。少しややこしいと思えなくもないが、小学生でも出来る動作だ。それなのに緑間は出来ない。
しかしこの都会とは言えど電子マネーからお金を吸い取る機械が未だ設置されてない駅も多々ある。その駅で降りなきゃいけないときは切符を買わなきゃいけないというのに。

「切符なんてとりあえず買えればいいのだよ」

と、券売機の画面の中で一番小さい数字のボタンを押す細い指を初めて見たときはとても驚いた。どの位驚いたかと言うと、鎌倉のどっしりと座り込んだ大仏が立ち上がったというニュースを聞いた位だ。もちろんそれはミスターポーカーフェイスこと黒子の吐いた嘘で事実ではない。周知なことではあるが、一応念には念を――エース様なら馬鹿馬鹿しいと言いながらも信じそうである――。当時の俺はこいつに「隣駅で降りるつもりなの」と笑いながら背中を叩いた覚えがある。しかしこいつはその切符のまま改札を通りホームへと進む。あっという間の出来事だった。あまりにも滑らかにその一連の動作を行うものだから、もしかしたら俺が間違っているのかもと降りる駅を再確認してしまった。もちろんそれは杞憂である。急いで俺も値段ピッタリな切符を改札に通して緑間の隣に立つ。持っている切符の値段は違うのに定位置は変わらない。不思議な違和感だけが二人の中を漂っていた。
定時通りに滑り込んできた箱型移動機からは一つのドアから二、三人の乗客が降りる。タイミング良く乗り込むと、中は厳しい社会の中で生き抜く人たちでいっぱいであった。
奴にとって吊り革は低い位置に吊らされてるようでその付け根のある筒を掴む。幸い1駅目で席が空き、座らせてあげれば無表情の厳しい発言が返ってくるが、その中の感謝の気持ちを汲み取れない俺じゃない。相変わらずのツンデレはそのまま、結局一駅分の料金の切符で六つ先の駅まで電車の中揺られていた。
目的の駅で人込みを掻き分けてホームに降りると、そこには宮地サン達秀徳のオレンジジャージの姿しかなかった。そう、今日は他校との練習試合の日。ここは対戦相手の高校の最寄り駅なため、もしかしたらその学校の生徒しか乗り降りしないのかもしれない。一昔前にありそうなレトロなホーム。その中央にある階段で俺達秀徳メンバーは改札へと駆け登る。一つ一つの段差が広く、気を抜けば後ろへと転げ落ちる危険さえある。上り終えた先、目の前にはすぐ改札口があった。俺達はそのまま改札に向かうが、緑間はなんの躊躇もなく駅員室に向かう。

「あー君乗り越し?この駅からだったら、乗り越し分八十円頂きます」

駅員さんが緑間から切符を受け取り計算機で料金を表示させる。乗り越し、というかワザとだろうというツッコミは心の中にしまい込み、金額ちょうどの料金を払った緑間が俺らの元に戻ってくる。そんな奴をネタにするのが我らが宮地サンだ。最初はなんだ?切符間違えたのか?と笑ってバカにしていたが、それを何度も繰り返していくと「お前一々面倒くせえ!今度やったら轢く!いや今轢いてやる!」という処刑宣告の引き金にしかならなかった。
しかし機械音痴は残念でもシュートにはその残念さの欠片も見えない。練習試合であれトリプルスコアで勝利をあげるのが緑間真太郎という人間である。

君の切符

後日談ではあるが、現在の緑間真太郎にはその行動はもうお目にはかかれない。

「なんで真ちゃんそんな面倒臭いことしてんのさ。切符買えないなら俺が一緒に買うよ?」
「それこそ面倒臭いではないか。一人が二人分の切符を買うのがどれ程の手間か知らないわけではないだろうな」
「いや、ボタンひとつで簡単に買えます」

先日から俺の仕事の中に切符を買う係という重大任務が含まれたからである。下僕がお世話係になる日も遠くない。