今日の海は俺にとって悪夢でしかなかった。きっと動けるのは、あと一人だけ。
ここでもう終わりかなと痛みに耐えきれず息さえもうまくできない身体が諦めを叫ぶ。目を閉じたらみんな終わってしまうのだろうか、他の何人かは身体を横たえてしまい息をしていないかもしれない。まだ俺は、と息を吸い込もうとすると体の質量上追い出されたのだと言い訳したくなるほどに涙がぼろりぼろりと落ちていく。海水と同じ色同じ味。俺の目から出てくるものは涙なんて悲しいものじゃなくて海なんだろう。俺も無理に帰って眠りたいよ。

「霧島…」

鏡の向こうの弟は随分と早く眠りに落ちた。ほぼ同時に兄も、だった所為で涙腺が緩んでいたのを覚えている。もうどうすればいいか分からなかったけれそもどこかから彼の声が聞こえた気がしてまだ負けられないんだと自分を責めた。きっとどうでもいいと思いつつも最後を知りたそうな彼のためにも戦いの最後を見届けるために頑張ってきたのに。世界はそんなに優しくなんかなかった。
たくさんの仲間が次々と眠りの世界へ旅立った。誰かなんて、たった役職について10日で命を消した。彼女がどんな子か見てみたかった。なんせお前の大事な大事な妹だろう?お前に似て格好いいのかそれとも優しい子なのか、想像すればするほど愛おしくなる。

でもお前もいないんだよな。

「大和、俺ももうここまでだ」

ああ目を閉じてしまおうかもう終わらせてしまおうか。誰かが終わらせてくれるだろうこの、すべてを。逃げることなど許されないおしまいはもうこんなにも近くへと迫っていたんだな。体重を彼らを飲み込んだ母に預ければ自然と体が浮く。ごめん、やっぱり最後までは無理だった。きっと、我らが誇るあいつが最後を見届けてくれるから。
目を閉じれば今まで以上に涙が溢れた。こうやって俺が浮いてるこの海の正体はみんな俺の涙なんじゃないかと思ってしまうほど。暑いなんて感覚はもうどこかへ行ってしまったよ。苦しいも痛いも全て。液体と気体の区別さえつかなくなって息さえも涙でうまくできなくて。ああ俺は何だったっけ。
気の所為だろうか――いや気の所為ではなく、誰かが両手を握っている。それぞれを握るはそれぞれ違う温もり。右手の優しく包み込むようなこの握り方はきっと片割れだろうか。じゃあ反対側の強引なそれは。

「榛名、―――」

どうか、どうかおかえりとかただいまだなんて言わないで。みんなみたいに俺もがんばったからさ、「お疲れさま」と言ってもらえたらきっと笑顔でみんなに会いにいけるから。

おしまいの温もり