真新しいキャンバスに絵の具を塗り付けるように、きっと俺達もいつか歴史に名を残すのだろうか。白い絵の具で塗り変えない限り、残るそれは自らの使命としてやらなくてはいけない絶対命令のようで。心のどこかでそれに対するプレッシャーが怖くて、目をつむった。次に目が開かれるのは、きっと戦場。

* * *

「待ってよ、ねえ」

声が聞こえるけど私はまっすぐ行かなくてはいけない。どうすればいい。待っていいのか待ってはいけないのか。分からない。

「ねえ待ってってば」

何故追いかけてくるの、私何かした?

「なんで追いかけるの?」
「…え?」
「ねえなんで追いかけるの?」

立場が逆になったなんて気づかない

* * *

「だから言ったじゃないか」

彼は呆れた顔をして叫ぶ。分かってはいたが、そこまで関係のあるものだなんて知らなかったんだ。知らないことは罪なのかいとで言うように尋ねるとさらに彼は怒る。

「お前はカウントされるんだろ?」
「たぶんね」
「なら大問題じゃねえか!!!」

彼の怒りは収まらない。

* * *

冷たい空気が愛おしい。むわり、水蒸気のたまり場からそれがあふれ出て目の前の鏡を曇らせる。

「換気扇、」
「サウナっぽい方がいい」

人のことを考えろと心の中で舌打ちを打つもののそれを正直に言えないでいる私はなんなのだろうか。

「扉開けときなさい」
「むわっとしてる方が、」
「カビ生える」

* * *

「あなたの知っている世界と私の知っている世界は違うの。こっちは不可侵領域よ。それ以上はお願いだから入ってこないで。私のこと分かっているつもりなら尚更。思考回路まであなたと共有したくないの。こっちも境界線ぎりぎりまでは出ていけるからさ。本当に言いたいことは黙っておくから。」

口が思わず開く。脳内がなんだそれはと理解する前に身体が行動する。周りの空気は冷え音も消えていった。ただそれでもそのなかで彼女は笑う。

「あたしが本当に大切なことを言うとでも思った?」

固まる人々とは正反対に見下す目線持ち上がる口許。まさに彼女はこの世界の支配者だった。

* * *

「どうかそばにいさせて」

ふと後ろを歩いていた彼女が呟く。その声は消えてしまいそうなほど小さい声で気を付けなければ聞き逃してしまいそうなものだった。

「どうしたの」

優しく振り向きながら問いかければ、彼女は切なそうな顔で横に首を振る。

「ううん、なんでもないの」

その顔は泣きはしないものの存在が消えてしまいそうなものだった。

「…あなたに恋愛感情なんて抱かないと誓うから、あなたの日常風景でいたいの」

ぽつりぽつりと零れる言の葉は心の中にゆっくりと浸透しシミを作った。

「そんなこと言わなくても、」
「あなたが幸せになることが私の幸せだわ」

言葉を遮るようにして言われた言葉は心の底からの叫びだった。ふと彼女を見ると頬に滴がついていた。雨なんかではないのは分かっている。

「だから幸せになって」

ふわりと微笑みを浮かべるその顔は達観しているようなそれで、もう俺は何も言えなくなってしまった。

* * *

この感情はなんだろう。君が、好きだ。でもキスなんかできないや。セックスなんかもできないや。それでも君が好きなんだ。君が誰を好きになろうと誰と結婚しようと構わない。ただ君の幸せを願うんだ。この感情になんて名前を付ければいいのか分からない。好きだけど好きじゃない。こんな気持ち君には気づいてほしくないけれど、そう思うんだ。いっそ君と繋がらなくても君が僕のことを忘れてもいい。それでもいいくらいに君に幸せになってほしいんだ。 君の幸せが僕の幸せになるのだから、それで僕がどうなっても悔いはないんだ。ただそれだけ、それだけのお話。