霧榛
きっと何にもしらないんだろうね、言いたいことを言っても伝わらない。それがきっといつのまにか沈んでいってしまう。
「もう会えないの?」 「いや会えるさ」
なんていうのは本当に戯言。こうやって沈んでいるのはその戯言の積もってできた海なんだろうか。また会いましょう、がいつか言えたらいいのに
* * *
「本当に知ってるのはそれだけ?」 「それってどういうこと?」
泡となって海に帰るそれはありったけの空気を吐き出していった。果たして何人分の命を抱えていたんだろう。数日前にも同じ光景を見た。だけど今回は、もうそろそろ耐えきれない。自分だけじゃない。むしろ自分よりも耐えきれてないだろうな。
* * *
追って自分も一緒に。そこまで言うと手で口元を遮られる。これ以上は言わないでとかきっとそんな意味で。でも知ってる?自分がどれだけ誰をどう思ってるかって。知らないよね、知っていそうだけど。でももうだめ我慢の限界なんだ。一緒に行かせてっていう最後のお願い聞いてくれる?
* * *
きっとこの涙の味は「母なる海」って言葉の所為なんだろうか。泣いたら母を思い出せるとかそんな話。じゃあ逆に海に沈んだときはずっと涙の味だ。最期に母の味を堪能していくのか。最後に本当の最愛の人を思っていたなら何も言わないよ。君にとっての母はあの人だもんね。
* * *
今日はいつもと違う髪型にした。鏡の向こうに見えるのはいなくなった誰かで、なら鏡の向こうを自分にすればいいんじゃないかと使ったことのないアメピンで髪をとめる。いつも隠れて日に慣れてない瞳には太陽が眩しくてでも、誰かはこんな景色を見ていたのかとひとり納得した。
「そっくりでよかった」
* * *
白い息が消える。それを見て昔を思い出してしまった。白い彼は今はどこにいるのだろう。ほかのみんなとは違いどこに行ってしまったのか曖昧なまま。言いたい言葉が言えなかったよという言葉があの日聞こえた気がするのだ。きっと遠い誰も知らないところにいる君へ。今度は俺が君を助ける番だ。
* * *
夢を見ないように見ないようにとどんなに思っていても夢は見えてしまう。思い布団を頭まですっぽりかぶって黒い闇の中で祈る。ごぼりごぼりと水中に潜るような感覚の夢はもう悪夢でしかない。きっとそれはみんな経験したことだろうけど。起き上がることなどできない海に絶望した。
* * *
「好きだ」
そう目を見て言う口を掌でふさぐ。その行為に対して彼は驚いていたようだけど。だめだよ、それじゃ計画が丸つぶれ。
「榛名、榛名はそうやって俺のこと好きだと言うけど、俺の方が榛名のことが好きだよ?」
そう今度はこっちから目を合わせて言えば顔を赤くする。それから聞こえた、小さい声。
* * *
羽の先を黒く染めたかもめが俺たちが歩を進めるたびに1匹2匹と飛び上がる。片割れが後ろを見て笑う。
「後ろには1匹もいないな」
羽ばたいては風に乗り羽ばたいてはまた風に乗る。でもどっかに行ってしまうわけではなくてまるで俺たちとともに来てるようだった。
「俺たちも一緒にいようね」 「ああ」
* * *
星を見た。真っ暗闇の中数え切れぬ光が散らばっていた。その数はまるで一世紀ほど前の俺や周り彼らと共に沈んだ、命を預けてくれた灯のようだった。その中でも強く輝くのは彼らの誰かだろうか。あの星は、あいつかな。――でも知っている、きっとそんな星も別の名前と別の仲間を持っていることを。
「神話だってさ」
隣で榛名が星々に線でも引くように空を撫でながら言う。下らないよ、言葉を飲み込んで適当に相槌を打った。彼は言葉を続ける。
「もしも俺らも神話になれたらいいよな」
今度は下らないという言葉さえ出てこなかった。もしかしたらずっと一緒にいれるかもね、半分願い込めて俺は言った。
* * *
どうやっても出来ない。目を瞑ればできたはずと力一杯視界を真っ暗にする。絵の具を水に垂らしたようにじわじわと向こうの気持ちが伝わってきた。よかった、成功。ふうと溜め息と共に視界に光を入れる。その中に見えたのは、
「き、霧島…!」
いたずらに成功したあとのように笑う霧島。 醜態を見られたくない順位の1位に堂々と入っている彼は口角を上げて言う。
「…頑張ってね」
見られた。むしろこの言葉を聞いても見られていないだなんて誰が言えるだろうか。
「長門、ちょっとごめん」 「あ、うんいいよ」
電波の通信相手にいつか詫びをしよう、そう思いながら同じ体を追いかけた。
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