この国には慣れない香りが辺りを流れる。小麦と卵で作る「パン」というものらしい。私ならば小麦ならば水団にしてしまうのに、彼はいつも私の知らない外の料理を振る舞ってくれた。分厚い手袋で湯気が未だ消えぬ鉄板ごとこちらへと運ばれてくる。

「ちょっと、無理言って作り方教えてもらってね」

小麦からまさに小麦色の物体ができるなんて。乳脂の香り。知らないものなのに食欲が駆り立てられる。

「食べていいんだよ」

彼は手袋を外し、パンを一口で食べれる大きさに千切った。パンは小麦色の皮の中に牛乳のような生地を持っていたようで、そこからは目の前で水蒸気に変わっていく温かさが見えた。彼は口元を上げてそれを一口で口に含む。その動作はとても彼に似合っていた。私のような純日本人にはどうも、合わない気がする。美味しそう、でも…と悩んでいると、声がかかる。

「別に、毒なんて入れていないよ。俺が食べているのを見たら分かるだろう?」
「いえ、そんなことではなくて」

どうやら彼に勘違いをさせてしまったようだ。違うの、疑っているわけではないの。もおう一口毒見してみようか、なんて眉尻を下げながら言う彼に言う。

「それは、私みたいな者の口にも合います?」

私は純に本人だけど彼は違う。彼はそう、俗に言うハーフという人らしい。聞いたこともなかった。最初その言葉を聞いて妖怪か何かの一種だと勘違いして、彼を困らせてしまった時のことはいつでもすぐに思い出せる。それはもう、その時のことを書けと言われたら原稿用紙一枚では足りない位に。でもそれだから、私と彼の間には透明な壁があるのだ。彼の着るものと私が着るものは違う。同じように、彼の食べるものと私の食べるものは違う。彼はイギリス人の兄の影響を家族の誰以上に受けているからなおさらだ。けれどここで私が勇気を出さなくては壁はそのまま。むしろ厚くなるばかりだ。

「…1口、下さるかしら」
「どうぞ、お嬢様」

彼は一口分を千切り、私の掌に乗せる。

「あら、それも英国の文化?」

恥ずかしいという気持ちを隠して天邪鬼に返す。彼は笑って言う。

「君にだからこそ、することだよ」

日本人では羞恥心で死んでしまうたくなるようなことを何でもないように言う。だから、惚れてしまうのだ。

「そんなんでは、私は落ちませんわ」

なんて、私も釣られて笑った。