「難しい言葉を聞いたらすぐに辞書で調べなさい」
それは母の口癖だった。学校から帰ってきた後も本を読み終えた後も機械仕掛けの鳩時計みたくいつも言っていた。きっと学校と名がつく2回目のところに入るころには反抗期というものに私はなっていたのかその言葉を聞いても適当に答えるようになった。 別に、授業の内容が分からないわけではないのに、と心の中で愚痴を吐きながら街灯しか光の見えない夜道を帰ってきた私に母はおかえりという当たり前の挨拶をする前に口癖を放つ。心身ともに疲れていた身体に更に毒を振りかけた。もう、いいや。親への期待を捨てたのはその時だった。親とは子にやらせたいこと、自分には成し遂げられなかったことを押し付ける。とともに自分の欲望をすべてぶつける存在と私は認識していた。もう何も言うべきではないな、と挨拶もせずに私は部屋へ続く廊下を走った。どうなんだい、貴女にとって私はもう一人の私ですかい?私は頭を抱えて引きこもる。 母は名門大学を主席で卒業したエリート中のエリートだった。勉強もできた。スポーツもできた。家事も友人が頼るほどできた。趣味もあった。こんな完璧な人間にとっての欲望とはなんなのか。翌日私は熱を出しながら考えた。あの人は何ができなかったのだろう。できないことは何もない、はずなのに。けれどそこでふと、口癖を思い出す。
「難しい言葉を聞いたらすぐに辞書で調べなさい」
ちょうどベッドの枕元に置いてある本棚にある辞書。様々な出版社のいろんな種類の辞書。聞いたことない国の言葉と私たちが話す言葉を繋ぐものさえもそこにはあった。その中で一つ、他のどれよりも手前に出てるもの。何回も何回も引いたため紙がしわしわに薄くなってしまった国語辞書。自らの国ことばを分かりやすい言葉で表現し直す本。適当にななめ読みをしながら頁をめくるとふと手が止まる頁があった。別に気になった言葉があったわけではない。真っ白い小さく折りたたまれた紙が挟んであったのだ。へそくりなんて言葉の意味を知らなかったが、これがへそくりというものかと勝手に脳内で意味を変換して紙を広げた。紙だと思っていた。白い紙の中には更に何枚のも紙が入っていたのだ。時代が過ぎ黄ばんだ一枚。すっかり茶色になった一枚。和紙で皺だらけになってしまった一枚。みんな違っている。しかし、どれも中に文字が住んでいた。それも文字は字体が違うが中の文字は一緒。
「難しい言葉を聞いたらすぐに辞書で調べなさい、それは知識として貴方の財産になるのだから。」
紙を広げていけば片仮名で書かれたもの、今ではめったに見ない右から左へと書かれたものもあった。しかもその一枚一枚には恐らく書いた人の名であろう漢字もついていた。これは、お祖母ちゃんの名前。これは、聞いたことしかない曾御婆ちゃん?こっちは、誰だろう。家系図を見ているようでとても面白かった。すべてを開いたあと、表紙のようになっていた真っ白を開く。それは母親の言葉。しかもその一枚一枚には恐らく書いた人の名であろう漢字もついていた。これは、お祖母ちゃんの名前。これは、聞いたことしかない曾御婆ちゃん?こっちは、誰だろう。家系図を見ているようでとても面白かった。すべてを開いたあと、表紙のようになっていた真っ白を開く。それは母親の言葉。書いてあることも一緒だけど名前だけが違う。いや、一言だけ付け足されていた。
「子供は財産、幸せに生きられるよう知識をつけてあげたい」
それを見て一瞬目を丸くしかけたが、だんだんと頬が緩んでくる。「ばーか」と紙に笑って、歴史に名を残そうと花柄とメモ帳を一枚破った。
如何か、同化
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