「はぁもうできない…」
またあたしはため息をつく。
ルーズリーフちょうど今は梅雨の真っ只中。
外は激しさ緩まない強い雨。
中は激しさ緩まない口論…ではなく勉強会。
そう、今あたしメルは明日の授業であたる問題をハヤトに教えてもらっているわけだ。
でもでも…ハヤトが厳しすぎて付いていけない!
「お前な!いい加減覚えろよ!そんな難しいこと言ってないだろ!」
「だってだってー!分かんないだもん!」
「はぁ?こんなの去年やっただろ!」
「ぜーったい、やってないって!」
イチジカンスウなんて聞いたかとすらないのに、それをやれって意味分からない!
なんかxとかyとか出てきて英語の授業か何かじゃないの?
なんて思って机の下で足をぷらぷら。
数学なんて将来何に使うの?
ため息をつくと、あたしの頭の上からハヤトの深い深いため息が降ってきた。
あたしが見上げるとハヤトは、そっぽを向いたあと、あたしの手から青いシャーペンを奪って、真っ白なルーズリーフに文字を書く。
まるで活字のような字。
「yイコール何?」
「え」
「yイコール、」
「x+2?」
雨音響く教室の中であたしたちの会話がぽつり、ぽつりと行われる。
あたしが馬鹿すぎて、ハヤト怒っちゃったのかな。
「ならこの上の式のyにx+2を代入」
「代入?」
「yの代わりにx+2を入れる」
「うん」
またカリカリと文字が書かれる。
消しゴムも使わない、戸惑いもしない。
完璧すぎる字。
「そしたら、xと数字だけの式になるから、移項して答えをだす」
シャーペンがあたしに押し付けられバトンタッチ。
気の所為かほんのりとシャーペンが暖かい。
真っ白じゃなくなったルーズリーフ、活字並の字の下にあたしの、丸まった癖字が書かれる。
女のあたしよりも字の綺麗なハヤトが羨ましい。
「xと数字をそれぞれ左辺と右辺に持ってくる」
「確か移項したら符号は逆?」
「正解」
マイナスで文字が減って、だんだんとシンプルな式になる。
そしてx一つと数字だけの式に。
「答えは?」
「xイコール3!」
「よくできました」
抑揚のない平淡な声。
明らかに馬鹿にしてる。
「じゃあ俺は先帰ってるから」
「えっ」
「ちゃんと片付けしてから帰りなよ」
そのままハヤトは鞄と傘を取り上げ、教室から出ていった。
速い!出ていくの速い!
でも仕方ないからさっさと片付け。
速く終わらせて走れば間に合うかもしれない。
急げ、あたし。
ルーズリーフをファイルに入れて、消しカスを払い、消しゴムとシャーペンは筆箱に、教科書とワークとファイルそして筆箱をナップサックに入れたら、急いで教室を飛び出す。
階段を二段飛ばしで降りて、昇降口に。
…行く予定だった。
急ぎすぎた足はもつれつま先は階段の角に引っ掛かり、あたしは階段を転げ落ちた。
幸い一階まで10段もなく、床にキスすることもなかったが、思い切り床に身体を打ち付けたため身体中が痛い。
涙が瞳に溜まるけど悔しいし、ハヤトにこんな顔見せられないから我慢。
「何やってんのさメル」
なのに、必死に我慢してんのにハヤトが、目の前にいた。
「凄いところ見ちゃった」
「ひどい!あたしが我慢してるってのに」
「しかも遅いし」
そんなハヤトの言葉に思考が停止する。
溢れそうな涙も嗚咽も。
「…待ってて、くれたの?」
「別にメルを待ってたわけじゃないし」
「じゃあ、なんで?」
「た、たまたま職員室に寄る用があったから…」
ハヤトの言葉がだんだんと小さくなっていく。
そこではて、と考える。
「……職員室、2階」
「うっ…し、知ってる!もう先帰るから!」
「え、ハヤト待ってよ!」
痛い身体を持ち上げナップサックを背負い直す頃にはハヤトは下駄箱で靴を履き代えていた。
そんなハヤトの後ろには未だ止まない雨。
急いであたしも靴を履き代えて、傘を持ちスタスタと歩くハヤトの後ろから、先ほどの仕返しと言わんばかりに抱き着いた。
すぐ前からうっと声が聞こえる。
ざまぁ、みろ。
「なんだよメル」
「仕返し!」
「はぁ?あと傘差しなよ濡れる」
「傘忘れたから一緒に帰ろ!」
「……しょうがないなぁ、今日だけだからな」
「えへ、やった」
「あんまり、ベタベタすんなよ」
1つの傘に影二つ。
鞄の中の折り畳み傘が笑ってる気がした。
ネタ、会話文提供:のき様
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