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その時まで


真夏のクソ暑い中。


いつものごとくジャンケンにまけて、ヒーヒー言いながらリヤカーを漕ぐ。


後ろの奴は、

「暑いのだよ、早くしろ、高尾」

なんて、めちゃくちゃな事を言う。


そんな中、ふと、チラシが目に入った。



今年も、あの花火大会があんのか。


「どうかしたのか?」


後ろの奴、
リアカーに乗っているうちのエース様緑間真太郎が聞いてきた。

「いや、なんでもねーよ」




その時まで



「名前せーんぱい」

「あ、高尾くん」

ニコっと笑ってくれた彼女。

俺はその笑顔が大好きで、その笑顔見たさに色々バカやってみたり、バスケを上達させてみたり、勉強を頑張ってみたりしたっけ。

俺が中学の時好きだったのは、女子バレー部のセッターにしてキャプテンの、名前先輩。

俺より10cmくらい小さい彼女はバレーボール選手にしてはかなり小さ目。

でも、誰よりバレーボールに対してひた向きで、いつも誰より早く来ては走り込みやトスを上げる練習をしていた。

そして、部活後も顧問の先生に掛け合って一人居残り練習をしている。

そんな姿に惹かれて、仲良くなってみたくて、俺も毎日早く部活に行くようにして、部活後も練習するようになった。

そーしてるとある日、



「熱心なんだね」



って笑顔で声をかけてくれた。

「あたし、バスケ苦手だから教えてよ」

その一言が始まりだった。

それから、朝練は俺が彼女にバレーボールを教えてもらい、部活後は俺が彼女にバスケを教えた。

運動が好きだったせいか、彼女の上達は早かった。

そして、俺はどんどん彼女に惹かれていった。

毎日がすっげー楽しかった。

部活がない日でも、昼休みに男バスの先輩達に交じってバスケをやっていた名前先輩を見て、俺も参加させてもらった。

そうして、いつの間にか夏休みまであと五日となったある日…

「ねえねえ、来週の花火大会、一緒に行かない?」

と、彼女から誘われた。

聞けば、友達と行く約束をしていたのだが、その友達にはつい最近彼氏ができて、自分は別の人と行くから、と断ったのだが相手が見つからなくて困っていたのだという。

「いいっすよ」

なんて余裕ぶってたけど、実際は心拍がいつもの倍くらいになっていたと思う。

「じゃあ、四時に学校の裏の公園でどう?」



その日、待ち合わせ時間の五分前に到着すれば先輩は既にそこにいた。

意味わかんねーほど綺麗な浴衣姿で…

「あ、高尾くん」

長めの髪はサイドの高い位置で結ばれ、毛先がくるんとカールさせてあって、黒地に桜の模様の入った浴衣を身に纏った先輩はいつもより大人っぽく見えた。

いつもジャージと制服姿しか見たことない先輩が俺と出かける為に浴衣を着て来てくれたという事実もあり、俺の心臓はこれ以上ないくらい早鐘を打った。

「すみません、待ったっすか?」

「ううん、今来たとこ。今日はありがとうね」

そうして、俺の大好きな大輪の笑顔を見せるのだ。

マジで心臓壊れるんじゃねぇかと、その時思った。

「まだ花火まで時間あるね。じゃあ綿あめ食べに行こ?」

なんて言って歩き出すからはいって返事をして慌てて隣に並んだ。




綿あめを食べて、久々にその甘さを味わった。

かき氷を食べ、お互いにあっかんべーをして舌の色を見せあった。

射的をやって、以外と上手な彼女と勝負をした。

金魚掬いをやって、出来なくてしゅんとしていた彼女に金魚を差し出すと、俺の大好きな笑顔で笑ってくれた。

まるで、マジで付き合ってるみたいだった。

前に見つけた河原の花火がよく見える場所に彼女を連れて行くと、じゃあ、秘密にしなきゃね、なんて言って片目を瞑った。

二人でベンチに座って、話したのは他愛もないこと。

その年三年だった名前先輩は都大会、関東大会を勝ち上がって、これからの全中で負けたらその時点で引退となる。

俺たちバスケ部もなんとか全中まで勝ち残った。

じゃあ、お互いこれからなんすねって言ったところで、彼女の表情が曇った。

そして…


「私、アメリカに行くの」

両親の仕事の都合で…



突如、ドーンと音が響いた。


花火が夜空に散った。


零れた淡い光が先輩の目元をキラキラと彩った。

きっと、それは…


先輩が泣くのを我慢してるから…

その光景が切なくて、俺は感情に逆らわず彼女を腕の中に閉じ込めた。

小さい彼女の身体はすっぽりと俺の腕の中に収まる。


初めて抱きしめた好きな人の身体は、程よく柔らかくて、細くて、俺とは全然違くて。


それが更に俺を切なくさせた。

「た…かお…くん?」


言わなければ、と思った。

そうしなければ、もう、言えない。

俺と彼女を繋ぐものは何もなくなってしまうから…



「先輩、俺、先輩が…」

「待って!!」



泣きそうな声で、先輩が叫んだ。


「いわ…ないで…」

そう言いながら、先輩は俺にしがみついた。


「言ったら、いけなく、なっちゃう…だって…私…」



高尾くんが好きなんだもん



そう言って泣く先輩が、いつも以上に小さく、儚く見えた。


俺の洋服が生暖かい涙で濡れていく。

俺の頬にも生暖かいそれが伝った。

「ずるいっすよ、先輩…自分だけ、とか」

先輩をぎゅっと抱きしめた。

肩に顔を埋める。

今まで、この人に好きだと言われたら、どんなに幸せだろうと思っていた。

けれど、今

好きだと言われたのに、どうしようもないほど、胸が苦しかった。



真夏の花火の夜。



俺たちはそうして、花火が終わるまで抱き合っていた。



先輩がアメリカに行ってから、先輩とは一度も会っていない。

それどころか、彼女がどうしてるかも知らない。

噂すら聞けなかった。

彼女は俺の前から完全に姿を消してた。

けれど、一枚だけ二人で撮った写真がある。

出発の前日…

最後の日にワガママ言って、二人で写真を撮ってもらった。

それは今でも俺のケータイに色褪せることなく保存されている。

そうして、それを見ては思うのだ。



俺はあの人以外、好きにはなれない、と。


始めのうちは何故好きになったのだろうとさえ思った。

けれど、時間が経つにつれやはり最初から彼女を好きでいて良かったのだとも思う。

人間とはなんともまあ、不思議な生き物だ。


ケータイを閉じた。

早く行かねえと、休憩終わっちまう。

涼んでた場所に後ろ髪を引かれながら、立ち上がって角を曲がろうとした時、誰かと正面衝突した。

「すっ、すみません」

「いや、こっちこ…そ…」

顔を上げてぶつかった人物を見た途端、時間が止まった。

彼女も大きな瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いている。

暫く沈黙が続いたが、やがて彼女は俺の大好きな笑顔で笑って、言った。



「ただいま、高尾くん」



夏休みは残り数日。

少し遅い、俺たちの夏が、




今、再び始まった。

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