甘くとけたあたし

ぎゅうっと暖かな温もりがしがみついてくる感覚で私の意識は覚醒した。
いつもならそこでもう一眠り、となるところだが、どこかおかしい。
ん、と思って隣を見ると、大好きな彼の少し子供っぽい寝顔はなかった。
珍しい、私より先に起きているのかなと期待した矢先、再びぎゅうっとしがみつかれた。
胸から膝にかけて、暖かな何かに囚われている。

覚醒した頭で、もしかして、と思いながら下を見ると案の定小さくなった紫色の頭が見えた。

「敦、起きて」

声をかけても、彼はううーと唸って私の胸に小さな顔を埋めた。

ずるい。
普段はこうすれば私が厳しく言えないことを理解してやっている時が多い。
天然のくせに以外と頭の働く彼だから、あれは絶対計算だ。
だけど、小ちゃい時は違う。
幼さ故の素直な甘えなのだ。

でもこうなってしまったからには連絡を入れないといけない。
目覚めの時間を主張し始めた携帯電話に手を伸ばしアラームを解除して、いつもの番号を呼び出す。

「Hello」

寝ぼけていきなり英語が出てくる彼は流石帰国子女だ。

「あ、氷室先輩ですか?おはようございます。朝早くからすみません。」

「ああ、おはよう#name2#。どうしたんだい?」

「あの、敦が…」

「あ、またちっちゃくなっちゃったんだ。」

毎度毎度のことで氷室先輩も流石に慣れたらしい。

「OK。監督と主将には適当に言っとくよ」

「ごめんなさい、よろしくお願いします。大きくなったら連れて行きますから」

「了解。それじゃあ」

そんな了承の言葉と共に電話は切れた。


「もう、敦ってば起きて!!」

ふにふにするほっぺたをいじりながら軽く身体を揺すってみると、再びうぅんと唸って敦がぼんやりと目を開けた。

「あー、名前ちんおはよう…」

「おはよ」

私の彼は紫原敦というやたら背の高い男。
だが、実は人間とホビットの血を引くため疲れすぎると発作的に縮んでしまうという特殊な体質を持っている。
本人曰くホビット族の中ではかなり長身な部類らしいが、縮んでしまった彼はどう見ても小学1、2年生にしか見えない。

「とりあえず着替えるよ」

むーとまだ眠そうな敦を抱え上げてリビングへ運ぼうとするが、ダボダボすぎる彼の通常サイズ用寝巻きが邪魔をする。
しょうがないから一旦敦を下ろして、近くにあったタンスから子ども服を取り出した。
スポーツ用のシャツと短パンと下着。
買いに行った時は敦と二人だったので定員さんに凄く不思議そうな目で見られながら品定めをして購入したものだ。

「はい、着てね」

そういうと敦は素直に服を受け取って着替え始めた。
ホビットになると、少し素直になる。
指輪物語には心の綺麗な種族とされているがどうやら本当らしく、ホビットでいる間は外見年齢相応の行動をする。
これがまた可愛くて、この姿の敦に私は弱いのだ。

「ご飯食べよっか。作るから待っててね」

「うん」


今も眠たそうに目を擦っているが、小さい分、可愛さが倍増している。
口調は普段とあんまり変わらないけれど…

「何食べたい?」

「アップルパイ」

うん、こういうところも全く変わらない。

「それはデザートね。」

「うーん、じゃあ何でもいい」

小さい頃の敦はこんな風なイイコだったのだろうか、とふと思う。
私と敦が知り合ったのは中学になってからだから、彼の小学生時代を知らない。
まあこんな彼を知っているのは彼女の私とひょんな事から知ってしまった氷室先輩と赤司くん、敦のご家族だけだ。
まあ、敦がこんなにも私の家に入り浸っていることなど知らないだろうが。
そんな事を思いながら作る二人分の朝食は、今日はいつもよりちょっと豪勢に。
ホビットから人間に戻るのにかかる時間は経験上二時間ちょっと。
普段起きてから部活に行くまで小一時間。
だからちょっと時間を多めにかけられる。
二人で向かい合ってご飯を食べる。

「おいしい?」

って聞くと、満面の笑みでうんって頷いてくれた。


ああ、普段の大きい彼と過ごす日々の中にこんな小さい彼との時間がちょっぴりあるのが隠し味になって、私は彼から離れられないのかもしれない。
















甘く溶けたあたし


「名前ちんってどんなお菓子よりも甘くて美味しいよね」

その日の夜、例のごとく私の家に上がり込んだ敦がベッドの中で幸せそうに囁いた。

その色っぽい笑顔も、ちっちゃな時の可愛い笑顔も、私をでろでろに溶かす事に変わりはないのだ。




企画「黄昏」様
第33Q「もし君が××だったら」に提出

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