愛する君へ、今日も君を愛しています
からんからん、と本坪鈴の音が響いてからパンパンと二拍の音が聞こえてきました。
その音に振り返れば、あ、また来てくれています。
黒い学ランに特徴的な緑の髪、大きめのスポーツバッグに今日は夢の国にいる某ネズミの小さな人形を持っているというなんとも目立つ格好をした長身の高校生。
彼は私の学校の有名人、緑間真太郎くんです。
そして私の思い人でもあり、最近付き合うことになった所謂彼氏でもあります。
親睦を持つようになったのはこの数ヶ月、確か梅雨のある日以来からだったと思います。
その頃から毎週水曜日の朝、彼はここに来て必ずお参りをして行かれるのです。
ある日前々から彼を好きだった私は意を決して声をかけました。
すると、ちゃんとおはようと返事をしてくださって、それがすごく嬉しかった事を覚えています。
それから様々なことがありましたが、私から告白をして今の関係になれました。
お付き合いを始めてもう二ヶ月ほどですが、何を願っているのかは聞いたことがありません。
けれど、秀徳のバスケ部はインターハイに出場できなかったと聞きましたので、多分部活関連ではあるのでしょう。
綺麗な斜め45度のお辞儀をして彼は眼鏡を上げました。
それからゆっくりとこちらへ歩いて来ます。
「お、おはようございます、緑間くん」
「おはよう。朝から精が出るな」
「いえっ、あ、ありがとうございます。」
「礼を言われることはしてないのだが」
私の挙動不審具合に緑間くんは少し首を傾げました。
ああ、やめてください。
ちょっと可愛らしくてすてきです。
余計挙動不審になってしまいます。
「あ、あの、朝練、頑張って下さい」
箒を持ったまま頭を下げると、ああ、と素っ気ない返事の後にふわりと何か温かいものが頭に乗っかりました。
ハッとして顔を上げると緑間くんが私の頭を撫でているのです。
これはえっと、多分無意識なのでしょう。
少し、いやかなり恥ずかしいですがとてもとても嬉しいです。
「お前も仕事に人事を尽くすのだよ。」
にっこりと笑ってそんなことを言ってくださるのですから、私の心臓はもうどうしようもないほどバクバクです。
「はいっ」
コクコクと頷くと、癖なのでしょうか、眼鏡を上げてまた学校で、と声をかけて下さいました。
そのまま去っていく背中に一礼してから、また箒で仕事の続きを始めました。
「すまないな、こんな遅くまで」
「いえ、気になさらないで下さい」
人事を尽くして天命を待つ、がポリシーの彼は何事にも手は抜きません。
勿論部活の居残り練習も欠かしません。
私などある程度できてればなんでもいいという人間ですから、時々ヘマをするのでしょう。
そんな私ですが、緑間くんほどではないにしろ何かに人事を尽くしたい一心で家の神社で巫女としてのお仕事は頑張っています。
今日はたまたま、おじい様が休みをくださったので彼の部活が終わるまで待って、こうして一緒に帰っています。
「まだこの時期は冷えますね」
もう三月になってきたというのに、風はまだ冷たさが残っていてそれが時折足を掠めます。
さすがに少々寒いなあと思っていたところ、ふわりと何かが肩に掛けられました。
見てみると、それは特徴的なオレンジのジャージでした。
「汗をかくまえに脱いだから、臭くはないはずだ」
そう言ってそっぽを向く彼が可愛らしくて、こんな憧れの行為を現実にしてもらった嬉しさと恥ずかしさで顔に熱が集まりました。
「それから、これ」
ぶっきらぼうに差し出されたのは可愛らしくラッピングされた何か。
「えっと、これは…」
「バレンタインの、お返し、なのだよ」
街灯に照らされていた彼の顔は普段より幾分赤かった気がします。
そう言えば、今日は三月十四日。
世間ではホワイトデーでした。
私はバレンタインデーに一応手作りのチョコをあげたのですが、正直お返しは期待していなかったので完全な不意打ちです。
「中は帰ってから見ろ。いいな」
そう言ってずんずん歩いていく彼の背中を慌てて追いかけながら口元を覆いました。
だって嬉しくて無意識ににやけてしまいます。
愛する君へ、今日も君を愛しています。開けてみたところ、冷え性の私のために淡い緑のブランケットとその旨と愛を囁く手紙が入っていて、また嬉しくなりました。
企画「スタージュエリーに墜落」様
第六回「仕事企画」に提出
巫女を担当させていただきました。
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