ゆらゆら揺れるシフォン

ふわりと彼女のスカートが揺れた。

「緑間くん、タオル」

そう言って下から自分を見上げる少女はニコリと笑った。水色のワイシャツに白いブレザーは清楚感を醸し出す。黒いリボンタイとスカートが首と足の白さを際立たせていた。
綺麗なブロンドの長い髪をもう一人のマネージャー同様ポニーテールに束ね、緑間にタオルを渡して微笑むその姿はさながら何処かの国の姫君のようだ。くっきりとした目鼻立ち。赤い唇は綺麗な三日月を描いている。

「あ、ありがとう」

緑間がタオルを受け取ると、へへ、とはにかんでまたくるくると忙しく駆け回る。

得点板を出し、ドリンクを作り、監督の指示を全員に伝え、練習のサポートをする。そしてこんな夏の暑い日には…


「皆さーん、良かったらはちみつレモンどーぞー」

なんて大声で叫ぶと、部員たちは目の色を変えてその場に殺到する。彼女のはちみつレモンは帝光バスケ部の魔法の回復薬だ。因みに、もう一人のマネージャーに作らせた料理は一瞬で食べたものを死に追いやる謎の魔薬だ。

「名前ちん」

「はーい、紫原くんはこっちね」

一際大きいタッパーを丸ごと紫原に渡す。そうしなければ、彼は全員分のはちみつレモンを貪り尽くしてしまうだろう。

くるり、くるり、と向きを変えるたび、走るたび、彼女の制服のスカートがふわり、ふわり、と揺れる。生あったかい風でも名前のスカートを攫うだけの力があるようだ。長すぎず、短すぎず、丁度良いスカート丈が清潔感を持たせるとともに、どこかじれったい。

まるで、妖精の悪戯のようだ。

もう、童話などを読む年ではない。
緑間は彼女からもらったタオルで汗を拭きながら思った。そうだ、もう童話など読む年ではないのだが…

「緑間くん、今日も居残りして帰るの?」

ブロンドの髪を揺らし、微笑んで聞いてくる彼女には気品すら感じられた。

「無論だ。俺は常に人事を尽くす」

素っ気ないことしか言えない自分が恨めしい。けれど彼女は、そっか、じゃあ待つね、と言ってまた忙しいマネージャー業の中に身を投じた。はにかんだ、笑顔を添えて。




「じゃ、先帰んぞー、緑間ー、苗字ー。」

「お疲れ様です」

「じゃあねー、みどりん、名前ちゃん」

「お疲れ様、またあしたね」

三人の声に返事をする、鈴のような声は練習の声掛けのせいで少し掠れていた。それでも彼女の笑顔には疲れなんて微塵も出てこない。

「ボール、磨いてるから、帰る時に声かけてね」

黙々とシュートを打ち続ける緑間に声をかけ、名前は隣のコートに座りボールを磨く。その存在を少しだけ気にしつつ、緑間はボールを放った。それでも彼のシュート精度は少しも落ちないのだから、もはやそれは天から与えられた贈り物なのかもしれなかった。

しかし、それでも違和感を感じる。それは最近、常に付き纏っていた。シュートは入るが集中しきれない自分がいる。彼の弾道シュートは計算されたかなり繊細なものであるが、集中しきれないのにシュートが入るのは彼にとって謎だった。


ふと、時計を見れば下校時刻10分前。普段ならとっくに自主練を切り上げている時間だ。

「苗字、すまない、待たせ…た」

ボール磨きはすでに全て終わっていて、籠に全て仕舞われていた。近くの壁に寄りかかって目を閉じ、すうすうと寝息を立てる少女が余りにも可憐で、緑間は心拍の速さが跳ね上がるのを感じた。

閉じられた瞼、少しだけ開かれた赤い唇、まだ少し暑い体育館の中にいるからか、一筋汗が伝っていて、頬も少しだけ上気していた。


「苗字、下校時間だ」

そう声をかけても起きない。疲れ切っていたのだ。近づいてテーピングを外した左手で顔にかかった髪を払ってやった。

もう童話など読む年ではないのだけれど、彼女はまるで眠り姫のようだ。妖精に誕生と同時にいくつもの贈り物をされると同時に、悪い魔女に呪いをかけられてしまいそうな、外見も中身も美しい少女。この美しい唇に口付けたい。

引き寄せられるように、緑間はそっと、そっと、唇を重ねた。




























ゆらゆら揺れるシフォン


それはきっと、妖精が仕掛けた小さな悪戯。



(緑間くん…)

(っ!?苗字、おっ、起きてっ)

(もう、一回…。だ、ダメ…?)

王子様とお姫様の物語。
仕掛けた妖精がどこかで笑っていたかもしれません。





企画「空を游ぐ恋心」様に提出

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