指折り数えて君を待つ
「それ」が始まったのは、中2だったと青峰は記憶している。
青峰がいつものように学校から帰ると母親がラベンダーの花を花瓶にさしていて、どうしたのかと聞けば宅配で送られてきたのだと言う。
ふーん、とその年はそのまま何も聞かなかった。
だが、高1の夏。
ある日青峰が家に帰るとまたもやラベンダーが飾ってあった。
高2の夏も、高3の夏も。
毎月七月の頭になると必ずそれは送られてきた。
高3になって初めて青峰がそのラベンダーについて問うと、宛名は母親宛でなく自分宛に届いていたこと、送り主は分からないことを告げられた。
だが、青峰の友人の中でそんな事をしそうな人は誰一人として思い浮かばない。
だが、自分がいらないと言っても花が好きな母親は毎回来る度に飾っていた。
そして、それから季節が巡って…
偶然にも彼の旧友である黒子と黄瀬と同じ大学になったことが発覚して一月ほどした頃だった。
大学の部活の新入生歓迎会で青峰の目に入ったのは、細い手足と長い黒髪が印象的な少女。
名前を苗字名前と言い、黒子の高校時代のクラスメイトだったそうだ。
聞けば彼女も帝光中にいたことがあるとか。
しかし、青峰の記憶力の悪さと彼女の性格が青峰と正反対であったことから接点がないため、青峰は彼女の存在を知らなかった。
「悪りぃ」
と青峰が告げると、ううん、と彼女は微笑んだ。
その微笑みにとくんと心臓が波打って、青峰は思わず目を逸らした。
歓迎会も終わり、駅までの帰り道仲良さそうに話す黄瀬と苗字の後ろを青峰と黒子が歩く。
「青峰くん」
不意に話しかけられ、青峰が隣の黒子を見ると彼はいつもの感情の読み取れない目で青峰を見つめた。
「なんだよ」
「いえ、なんでもないです。」
そのまま駅まで歩き、自宅からの通学で電車に乗る青峰、黒子とこの付近で一人暮らしの黄瀬、苗字は別れた。
「また明日」
はにかんでから黄瀬に駆け寄り歩き出す彼女の背中を青峰は見た。
あのはにかんだ笑顔には見覚えがあった。
だが、どこで見たのか全く思い出せない。
「青峰くん、置いて行きますよ」
黒子の言葉におお、と返し彼の後を追って青峰も改札を通った。
心地よい夜風が二人の頬を撫でる。
「青峰くん」
「テツ」
声をかけたのは同時で、二人で顔を見合わせるとどちらからともなく自然と笑いが零れた。
「初めてバスケ以外で気が合いましたね」
「だな」
青峰くんからどうぞ、という黒子の言葉に甘え、彼は口を開いた。
「あいつ、誰だ?」
誰だとはなんですか、と黒子に突っ込まれたが良い表現が浮かばなかったのだ。
おそらく先ほど黒子が自分を呼んだのは彼女の事を言いたかったからなのだろう、と青峰は直感していた。
「僕も、詳しいことはあまり知りません。けれど、彼女は君と同じ小学校で、君とは面識があると言っていました。」
黒子の言葉に思案したが、思いつかない。
「さんきゅ、テツ」
とだけ言い、最寄り駅で電車を降りて二人は別れた。
ぼんやりと思案しながら歩いて家に着くなり飛び込んできたのはまだその季節には早いラベンダー。
恐らく母が買ってきたのだろう。
確か開花時期が七月半ばだって…
其処まで考えたところで彼はハッとした。
そのまま靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がった。
部屋に入り、ベッドの脇にある棚を漁る。
すると、埃をかぶったそれは案外すぐに見つかった。
バクバクとうるさい心臓を抑えて、アルバムを捲る。
何枚捲ったか、三年生校外学習と書かれたページで彼の手が止まった。
其処には肩につくかつかないかほどの髪の少女と幼い頃の自分がラベンダー畑をバックに笑っている。
「いた…」
そう呟いて、自身の記憶力を総動員して青峰は過去を振り返る。
たしか、幼馴染桃井と彼女と自分は同じ幼稚園だったはずだ。
だが、彼女はとても病弱で学校へ来れる日はとても少なかった。
彼女の元へよく連絡帳を届けに行った記憶もある。
そして、そんな体の弱かった彼女が唯一参加できた学校行事がこの三年の校外学習だ。
だが、その日桃井は風邪をひき、同学年の男子たちのからかいも無視して、一人で心細そうな彼女と午前午後共に一緒に行動し、弁当も食べた。
今思えば、幼い初恋でもあったのだと思う。
だが、その日を境に彼女は殆ど学校に来れなくなった。
それと比例して青峰はバスケにのめり込んだため、いつしか幼い初恋には蓋をされてしまったわけだ。
青峰はもう一度写真に目を落とした。
それからふと思い出してスマホを手に取る。
昔、桃井にこの話をした時彼女が花言葉を教えてくれたのだ。
だがその内容まで青峰が覚えている訳がない。
ラベンダー、花言葉と打ち込んで検索。
それはすぐに見つかって、目に飛び込んできた言葉。
それに更にもう一つ彼女との記憶が紐解かれる。
目を閉じて彼女の笑顔を思い浮かべた。
再び心臓がとくんと鳴った。
それに気づいた青峰は、少し口の端を持ち上げた。
翌日、名前が大学内を歩いていると
「おい」と低い声で呼び止められた。
振り返った先には幼い頃からの思い人、青峰がいてきゅっと彼女の心が締め付けられる。
「昨日はありがとう、青峰くん」
なんとかにこりと笑ったが、引きつっていなかったろうか?
だが、次の瞬間彼女は息が止まりそうなほど驚いた。
「ほらよ」
その言葉と共に差し出されたラベンダーの花束。
「遅くなって悪かったな、名前。」
驚きと嬉しさに声も出ない。
「約束、思い出した。んで、まあなんだ…」
俺も、お前が好きだ。
そう言って差し出されたのは別の青紫の花束。
名前は桔梗。
花言葉は「変わらぬ愛」。
「大…くん」
瞳に浮かんで零れた涙を彼が拭う。
ああ、その指を待っていたの。
昔もよく、私の涙を拭ってくれたその暖かい温もりを。
指折り数えて君を待つ。「元気になったら、ラベンダー送るね!!」
あの約束にそっと込めた意味に気づいてくれた。
彼女の想いは、報われて
13年越しの初恋が今始まる。
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