屋上にて彼と彼女
飛行機雲が青空を横切る。
そんな様子をぼーっと眺めた。
それから自分の足に目をやる。
ため息をついて再び空を見上げた。
最近ではこれが毎日の日課となっている。
そんな秋のある日のお昼休み。
きぃっと屋上のドアが開いた。
「名前」
声をかけてきた彼を一瞥して再び空を見る。
「何、見てんだ」
「見て分かんないの?空だよ」
「そんなに見上げてて首疲れねぇのか?」
「うん」
私に話しかけてくるのは、男子バスケット部でキセキの世代と称されるメンバーの一人、青峰大輝。
夏以降、全然喋っていなかったから話すのは久しぶりだ。
「なあ」
「戻らないよ」
散々いろんな人に言われてきた事を彼の口から聞きたくなくて、言われる前に遮った。
「ねえ、大輝」
才能って、一体何なんだろうね。
同じような才能を持っている彼なら、答えてくれることを期待した。
「ああ、勿論辞書的な意味じゃないよ?」
空が滲む。
いや、滲んでいるのは私の視界か。
「最初は凄い持て囃されたよ。けどさ、段々それに慣れるとあの子だけ狡いとかさ、練習しなくたってできるからとかさ、言われてさ。何なのよ、全く…」
彼にこんな醜いことを言いたい訳じゃなかった。
でも、沢山かけられた社交辞令のその言葉をかける前に、彼に聞いて欲しかった。
「一人でも試合勝てるようになるって虚しいね。誰も協力してくんないの」
乾いた笑みが零れた。
「それでも頑張った結果がこの足だよ。あと三ヶ月はバスケできないとか、何さ、本当」
段々声が震えていくのは何でだろう。
ああ、バスケのこと考えるのってこんなに苦しかったっけ?
「みんなザマアミロって思ってるよ。努力しないで上手くなるからバチが当たったんだって。それなのに戻って来いとか上辺で言うんだ。本当、なんなのっ…」
零れた涙が後から後から頬を伝う。
苦しいよ
悔しいよ
ほんと、
「バスケなんか…」
「名前」
ぎゅっと大きな身体に包まれた。
「悪い。俺、何も知らなかった。お前がそんなこと言われてるなんて、全然。けど…」
俺はお前がどんだけ努力してたか、知ってる。
どんだけバスケ好きか知ってる。
だから、バスケ嫌いとか言うなよ。
震える声で吐き出された言葉。
なんであんたが泣きそうなのさ。
本当、なんなのさ…
せっかくバスケごと嫌いになれそうだったのに…
気づいちゃったじゃんか…
「だい…きっ…わたしっ…」
バスケが嫌いになれない
彼はゆっくり言葉を吐き出し終えた私の身体の向きを変え、優しくぎゅっとして、あやすみたいに背中を撫でてくれた。
「なあ、女バス戻る気ねぇなら、男バスのマネージャーやらね?」
こうやって、私の為に彼は居場所を用意してくれる。
もう一度、バスケを好きになる為の場所をくれる。
「足、治ったら相手してやるよ」
「あたしじゃ、あんたには敵わないよ」
「強い奴とやるほうが楽しいだろ」
「はは、そーだねっ…」
涙が止まらない。
大輝はそんな私を優しく抱きしめてくれた。
そう、この時彼は私を照らしてくれた。
きぃっと音を立てて屋上の扉を開く。
「青峰」
あれから三年経った今、彼は、あの頃の私のように空を見上げていた。
冷め切ったその目で…
寝っ転がっている彼の隣に腰を下ろす。
「んだよ」
「言わないよ、練習行けとか」
「今言ったじゃねーか」
「はは、それはカウントしないでよ」
私も空を見上げた。
あの日と同じように飛行機雲が空を横切っている。
「ねえ、青峰」
「んだよ」
「練習ない日は隣にいてもいい?それから…」
たまには私の相手してよ。
そう呟くと、おー、となんともやる気のない返事が返ってきた。
それがなんかおかしくて、声をあげて笑った。
何故か瞳に浮かぶ涙は、笑いすぎたせいってことにして。
「なあ名前」
「何?」
「お前、あの頃バスケつまんなかったか?」
「さあ、どーだろ。つまんなかったかどーかは覚えてないけど、どうしようもなく苦しかったかなぁ」
空を見たまま答える。
あの日と同じく視界が歪んだ。
それを瞬きで誤魔化して彼の以外に綺麗な青髪を撫でる。
早く、バスケ楽しめるといいね。
そんなことを思いながら…
屋上にて彼と彼女二人してバスケが楽しめる時が来たなら、互いに長く秘めた恋も実るかもしれない。
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