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今夜だけ、カップの底に秘密を添えて

久しぶりに、高校時代の部活仲間と会った。森山先輩は美人美人言ってた割りにはまともな会社に就職していた。安定の小堀先輩は一流企業へ。ら行が言えないから心配していた早川先輩は大学院でしっかり勉強してるらしい。けど何より、笠松先輩が教師になってしかも彼女がいると聞いた時は天地がひっくり返ったかと思った。
そして、黄瀬くん。彼は私と出会った頃にはにはすでに始めていたモデル業を順調に進めているそうだ。

私はと言えば、小堀先輩と同じ企業に就職していた。
今は受付嬢をやっているけれど、来年からは海外営業部の下っ端に組み込まれることになっている。どうやら英語力が認められたらしい。

「そういえば名前っち」

黄瀬くんはあの頃と変わらないキラキラした笑顔を私に向けた。

「この近くに明日オープンのカフェがあるんスよ。明日行ってみないっスか?」

そこのオーナーと知り合いなんスよねー、なんて彼は言った。

「へえ、どんなとこ?」

「じゃあ帰りにちょっと見てみるっスか?この近くだし」

「うん、了解」

「じゃあ、名前ちゃん俺とも…」

「黙れ森山」

笠松先輩の鋭い制止すら森山先輩には届かない。先輩とは行きません、と笑いながらあの日々のことを思い出した。
海常に来た時は絶対バスケ部のマネージャーなんてやらないと思っていた。中学時代の彼氏が、バスケから離れていくのが辛すぎてそんなこと考えられなかったから。
だけど、黄瀬くんは私を誘い続けてくれた。先輩たちもだ。
結局黄瀬くんや先輩たちの熱意に負けて、マネージャーを始めた。みんなに支えられまくっていたマネージャーだったけれど、少しは役にたてたのだろうか?

一度、彼の高校と試合をした。

ほぼ自然消滅で、いや、わたしはまだ好きだったけど、話しかける勇気などなかった。試合は彼の勝ちで、その時悔しくて、辛くて、悲しくて涙が出た。勝てなくてごめん、と泣く黄瀬くんの背中を私も泣きながら摩ったのは懐かしい思い出だ。

それからは特に彼との接触はなく、今までを生きていた。
もう、風化しつつある心の傷だけれど時折チリリ、と痛むのだ。まだ、好きなのかもしれない、なんてどんだけ物好きなの、と自嘲する声が聞こえた。

だけど、そんなのも一瞬で。
すぐにドンチャン騒ぎに意識を持って行かれた。



「ここ、ここなんスよ」

もう22時を過ぎているので、流石に電気は消えていたがCafe de Mermaid.と書かれた看板はとても上品だった。チラリと中を覗けば天井からガラス細工が吊るされていて、店内もとてもオシャレな感じだ。


「へえ、いいとこだね!」

「じゃあ明日、10時にここのステンドグラス席のとこで」

パチンと片目を瞑るモデルはとても様になっていた。それになんとなくイラっときたのは不可抗力だ。




「ようこそ!Cafe de Mermaid.へ!」

まだ若い女の人の明るい笑顔に迎えられた。

十時丁度にそのお店に行けばまだ黄色いモデルは来ていなかった。

「お一人様ですか?」

「いえ、連れが来るはずなんですが。あのそこの席で待ってて欲しいって言われたんですけど」

「かしこまりました、どうぞ」

ワガママを言って座らせてもらったのは噂のステンドグラス席。
白と青系統の色で統一された店内は海をモチーフにしているのだろう。昨日はガラス細工しか目に入らなかったが、シーグラスも飾られていた。その名の通りマーメイドを思い起こさせる店内はとても素敵な雰囲気だ。
それに、ピンクのバラがお店の上品さを壊さない可愛らしさを添えている。

時計を見た。

10時5分。あのモデル、着いたら奢らせてやる。そう決め込んで、メニューを見た。

「本日のおすすめメニューは7つのフルーツのプチタルトでございます。ゴールデンリングが美しく輝く、世界三大銘茶のウバと一緒にお召し上がりいただくと絶品ですよ」

優しく微笑んだ女の人のオススメに従い、7つのフルーツプチタルトと三大銘茶のウバを頼んで読みかけの本を開いた。

それにしても、何なんだ。人を呼び出しておいてあの野郎。

そう胸の中で毒を吐いた時…

「いらっしゃいませ」

再び女の人の声がした。
やっと来やがったかあの野郎。
そう思い本を閉じて顔を上げた。


「よぉ」

待ち合わせてた筈の彼よりいくらか低い声が鼓膜を揺らす。青い髪はあの頃とあまり変わらない。なのに、顔は少し大人びた。

「え…」

言葉を失う。
何が、どうして、えっ?
なんで、え?

驚き過ぎて声が出なかった。

彼はそんな私を一瞥して私の向かいに座った。

「いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか?」

「コーヒー」

かしこまりました、と言って女の人が去っていく。

コーヒー、飲めたんだ。

頭の中のどこかでそんなことを思った。

「久しぶりだな。元気してたか?」

つっけんどんな声音で問われる。

「え、あ、うん。そだね。まあ元気、だったよ」

ぎこちない受け答えしかできない私が情けない。もう、関わることなんてないと思っていた。ずっと、片思いしたままだと思っていた。きっとこれを仕組んだのは黄瀬くんだ。私が前に進めないから…

「お待たせ致しました。7つのフルーツプチタルトでございます。」

話そうと私が息を吸い込んだ時、女の人がタルトを持ってきた。

「うわあ」

小さなタルトはまるで宝石のよう。
一口サイズのそれらは可愛らしくお皿の上に鎮座していた。

「こちらがウバでございます。」

女の人が紅茶を淹れて、カップをコトリとおく。それから彼の頼んだコーヒーを置いてどうぞ、ごゆっくりと微笑んだ。

「いただきます」

食べてしまうのが勿体無いと思いながら、ストロベリーのタルトを口に運ぶ。ふわりと香ったストロベリーの香りが上品で、甘すぎず、サクサクの生地に舌鼓をうつ。

「おいしい!!」

自然と笑顔になって、紅茶を一口啜った。

すると、

「やっと、笑ったか」

目の前の彼は満足気な顔。すっかり、タルトに気を取られて目の前の男のことを忘れていた。

「あ、えっと、そのっ…」

「あー、いやそーじゃなくて、だな」

私が恥ずかしくて慌てると、何故か彼もらしくなく慌てていて。

「お前のその顔が見たかった」

少しほおの赤い彼からそんな言葉が零れて。

え、ちょっと待って。
ねえ、神様。
期待していいの?



今夜だけ、カップの底に秘密を添えて


「まだ、名前のことが好きだ。」


苦い思い出が、甘い物語へ変わる瞬間。

オーナーさん二人と私たち以外誰もいない店内で、もう一度止まっていた恋が、始まる。



「私も、大輝くんのこと、まだ好きよ」


このカフェ最初のお客さんは、私達。
そしてこのステンドグラス席のジンクス第二号は、私達。






企画「スタージュエリーに墜落」様
第12回「花笛企画」へ提出

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