好きを伝えるその勇気
青峰は目の前の光景に立ち尽くした。
そして、自分が犯した二つの間違いを悟った。
「頼む」
ライバルは青峰の肩を強く握りしめた。
「もう、彼女を傷つけないで下さい」
かつての相棒は、泣きそうな目を自分に向けた。
「あの子をよろしくね」
茶髪の女監督は悔しそうに唇を噛んでいた。
全部、俺のせいだ。
「名前」
愛しい名前を呼ぶと、小さな細い体がピクリと震えて、それから膝に埋まっていた顔が見えた。
その顔は痛々しいほど真っ赤な部分と、真っ白な顔色とが混ざり合っていて、青峰はグッと手を握りしめた。
バスケから心が離れたこの一年と半年。
確かに退屈だった。
けれど、幸せだったのだと思う。
始めは確かに退屈しのぎに付き合い始めた。
大学生と付き合ったことがあるとさえ噂されていた、美人で大人びた彼女。
けれどそれは、根も葉もないただの噂で、本当の彼女は優しくて純粋で初心な女の子だった。
恥ずかしくて、手を繋ぐなんてしたことはなかった。
抱きしめて想いを伝えるなんてしたことがなかった。
それでも彼女は青峰のそばにいた。
桃井が説得に来た時も、彼女は殆ど相手にせず青峰のことを匿い続けた。
そして、いつの間にか彼女は大切な人になっていた。
青峰自身も気がつけないほど、いて当たり前、そう空気のように大切な存在になっていた。
いなければ息をするのが苦しいほど。
いなくなって初めて、失って初めて気が付くなんて自分はどれほど愚かな人間であったのだろう。
だから、今度こそ…
「名前…」
「だめっ、こな、いでっ…」
弱々しい拒絶の言葉。
今にも泣きそうな顔で後ずさる。
それに、惑わされてはならない。
本当の彼女は…
駆け出した青峰の体は止まることなく、名前の体を優しく包んだ。
「悪い、全部、俺のせいだ」
ぎゅっと抱きしめた体は二ヶ月前より幾分華奢になってしまっていて、自身の罪の重さを青峰は己の心に刻みつけた。
そして、決意をする。
「やめっ、やめてっ…」
腕の中でもがく彼女を壊れないよう、優しく、強く抱きしめた。
「もう、ぜってぇ傷つけさせねぇ。」
ピクリと、彼女の身体が震えた。
「いなくなって初めて気付いた。俺、お前が好きだ」
この一ヶ月、何度も諦めようと思った。
けれど、その度に浮かんでくるのは彼女と過ごした日々で…
諦められないことを否定して逃げていた。
そんな時テツからかかってきた名前のことを告げる電話。
逃げようとした青峰を旧友は怒鳴りつけた。
君を守るために彼女は何度も傷ついて、それでも君のために何も言わなかった。
それなのに、君は諦めようとして彼女から逃げているだけですか。
本当に好きなら、早く来いよ。
彼女の傷を癒せるのは君だけなのに…
あの泣きそうな旧友の声には悔しさとやりきれない怒りと気持ちがこもっていた。
ああ、自分はなんて幸せ者なんだろうと思った。
「うそっ、だって、だって…だいきっには、桃井さん、いる…」
「あいつはちげえ。俺が部活行かなかったからキレてお前に当たっただけだ。悪かった。」
洋服が濡れて行くのが分かる。
ああ、やっと、泣いてくれた。
「俺が好きなのは、お前だけだ。」
青峰の背中に、恐る恐る腕が回る。
「ああっ、ふっ…うああっ」
青峰の腕の中で彼女は嗚咽を漏らす。
「遅くなって悪い、助けられなくて、悪かった」
彼女が心に受けた傷は一生癒えることはない。
ならそれを共に背負って行こう。
それが、これから彼女を守って行くということだ。
青峰は彼女を抱きしめ続けた。
好きを伝えるその勇気やっと言えた、本当の気持ち。
君のそばを、もう二度と離れない。
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