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好きを伝えるその勇気 中編

息が苦しい。
もっと走り込みをしておくべきであったと、青峰は後悔した。
だが今はそんなことを考えている場合ではない。
先程幼馴染を通して旧友からきた連絡が青峰の足を彼女の元へ向かわせる。
早く、早く彼女の元へ…



彼女はひどく怯えていた。
火神はそんな彼女にそっとジャージをかけてやる。
デリカシーがない、だとか女心が分かっていない、だとか色々言われる火神ではあるけれど流石にこの状況下で下手に言葉をかけるほど馬鹿ではなかった。
体育座りをして顔を腕にうずめているから表情は分からないけれど、震えているから、泣いているか、それに近い表情をしているのだろう。
それくらい容易に想像できた。
隣に座って、ゆっくりその小さな頭に手を伸ばして撫でてやると、ビクリと肩が震えた。

「あ、ワリぃ」

「うう、ん…こっちこそ、助けてもらったのにこんなでごめんね」

漸く顔を上げた彼女の左頬は痛々しいほど真っ赤に腫れ上がっていた。
きっと明日には真っ青になっていることだろう。
それでも、彼女は真っ白な顔色のままにこりと笑った。
何で、何で、泣かないんだ。
それだけのことをされただろうに。
何故、怖かったと泣き叫ばないのか。
否、泣けないのかもしれない。
火神は思った。

ウィンターカップ初戦後、黒子と衝突した目の前の少女は泣いていた。
火神に色恋のことなどさっぱりではあるが、以前青峰とあるいているところを見たから恐らくはそういう関係だったのだろう。
けれど、黒子を見上げてへらりと笑って

「ひさしぶりだね」

と言った。
それを聞くと

「誠凛に来ませんか?」

その問いにこくんと頷いたとき、キラリと涙が街頭に照らされたのを火神は見た。
周りにいた面々も多分、見ただろう。

「ありがと、黒子くん」

それから彼女は黒子の手を取って立ち上がると、笑った。

「いえ、昔からの仲じゃないですか」

「ふふ、でも私はあなたから、バスケ部から大輝を取ったようなものよ?」

「それは青峰くんが決めたことで、名前さんのせいではありません。」

「そっか、ごめんね」

そう言って少し俯いてから、

「そういえば、初戦突破おめでとう。これから祝勝会でしょ?またね!」

そう言うと彼女は黒子の制止を聞かず、再び夜の町の中へ走り出した。


そうして、年が明けて何事もなかったかのように始業式が始まったが、そこで転入生が紹介された。
凛と立つ彼女はあの日の泣きそうな表情を微塵も残していなかった。
驚き過ぎて聞いていなかったが、彼女の転入先は自身のクラスであることをその数分後に火神は知った。
それからいつもからは想像もつかないほど積極的な黒子といつも以上に積極的なカントクの勧誘で、彼女はバスケ部のマネージャーを引き受けた。
火神がいいのか、と確認を取ると彼女は悲しそうに微笑んで頷いた後に、
「まだ、吹っ切れてないみたい」
と言った。
その憂いを帯びた笑顔は、彼女をさらに美しく見せた。

それから数日たった今日。
カントクが彼女を近くの薬局へ買い出しに送り出したのだが、待てど暮らせど帰ってこない。
心配していたところに、クラスメイトの女子が駆け込んで来た。

「苗字さんがっ、苗字さんが連れて行かれたっ!」

それからは警察に連絡をし、連れて行かれたと思われる倉庫へ駆けつけると、ボロボロになった制服を辛うじて身につけた彼女に男がのしかかっていて。
思わず火神は駆け寄って男の脇腹に蹴りを入れた。
それと同時に警察が突入したため事なきを得たが、万が一のことがあったらどうする、と火神はカントクに鉄拳を入れられた。

膝を抱えて蹲る、彼女に立ち上がれとは誰も言えなくて今の状況にいたる。
火神が突入する前の会話からすると、彼女を連れ去った犯人は青峰にこてんぱんにやられた学校のバスケ部だそうだ。
どこからか彼女が青峰の女であることを仕入れ、青峰の携帯に電話をするつもりだったが、別れたことで彼女が青峰の番号を消していたことが幸いし、青峰に連絡は行かなかった。
それなら顔の良い彼女を味わってからにしてやろうと男たちは彼女を犯し始めたようだった。

「間に合わなくて、ごめん」

火神が頭を下げると、顔、あげてよ、と弱々しい声が聞こえた。

「火神くんのせいじゃ、ないから。皆さんも、気に、しないでください」

掠れた声。
もとは鈴を鳴らしたような、透き通った声だった。
やめて、と泣き叫んだのだろうか?
いや、そんな事はなかったのだろうと火神は思う。
きっと、殴られるたび、暴言を吐かれるたび、身体を触られるたび、彼女の心は傷ついて、誰にも助けはもとめられなくて。
泣くこともできなくて。
それでも怖くて、震えて。

自分の無力さに火神が手を握りしめた時…

「火神くん、行きましょう」

沈黙を破ったのは黒子だった。

「今、彼女に必要なのは傷を覆う包帯やガーゼではなく、消毒です」

黒子は悲しそうに笑った。
それが何を意味するか、馬鹿で疎い火神にもわかった。
自分もたった数日でその状態になったのだ。
何年も焦がれた黒子の痛みはいかばかりであろう、と火神は思いながら、ああ、と答えてもう一度彼女の頭を撫でた。

倉庫の前に立つ憧れた青髪の男を殴ってやりたい衝動に駆られたが、それをするのは後だ。
まずは、傷の消毒をせねばならない。
それができるのは、目の前の男だけだった。

また、俺はお前に負けたんだな。
そんな言葉は衝動と共に心の奥底へ沈め、火神は口を開いた。


「頼む」


青峰の肩をぐっと握りしめ、それから火神は倉庫を後にした。



まだ一月の寒空に満月が浮かんでいた。

「月が、綺麗だな」

奇しくもその口から紡がれたのは
彼女への思いを告げる為の言葉であった。
帰国子女である彼がそれを知っていたかどうかは、火神以外誰も知らない。

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