ハイヒールの初恋
受験の為に黒くした髪を大学に入ってまた明るくした。
受験前までは生活指導が入っても気にしなかった。
毎朝頑張ってアイロンを使って髪を巻いて、メイクをして、服を選んで学校へ向かう。
耳に差し込んだウォークマンからはアップテンポながらもどこか葛藤のある曲が流れる。
カツカツと真新しい黒のハイヒールが音を立てた。
「ほら、早く行こうぜ!」
向こうから、バスケットボールを持った中学生くらいの男の子達がかけてくる。
土曜日に学校のない彼らを羨みながらすれ違った。
その時に見たその子たちの笑った顔は、どこか懐かしい。
それもそうか。
もう少し背は高かったけれど、彼だって、皆だって同じ顔をしていた頃があったのだから…
バスケが好きで、好きで、大好きで、みんなでバスケをしていた頃があった。
それを私と桃色の髪の美少女は毎日見守っていた。
「うっめ!」
そう言えば練習後、よくマジバに寄り道しては、美味しそうに好物のテリヤキバーガーにかぶりついて、私に笑いかけてくれた。
とても美味しいから、と初めてのデートの時には奢ってくれたんだったけか。
あの頃は毎日の練習のサポートは大変だったけれど、とても充実していて。
気は聞かなかったけれど、優しい彼がいて。
あの頃は楽しかったなあ、なんて。
けれどその後に思い出すのは、苦しかった思い出。
みんながバラバラになっていく、そんな苦しい世界。
いつしか、見ているだけで泣きたくなるような試合が増えた。
「俺に勝てるのは俺だけだ」
冷たく私に吐き捨てた冷めた顔を思い出すだけで、目の前が真っ暗になりそうだ。
それから、地元から態々遠い高校を選んで通った。
彼と自然消滅した私には何もかもどうでもよくなり、勉強だけをした。
両親は勉強さえできていればいいというスタンスだったから、髪を明るくしても何も言わなかった。
それからメイクをして大人っぽい人間を装った。
一度街で彼とすれ違ったことがあったけれど、髪を変えたからか、はなから私のことなど忘れてしまったのか、彼が私に気づくことはなかった。
もう、終わったはずの恋なのにとても胸が苦しくなったのを覚えている。
かつり、かつり。
高いヒールが地面とぶつかり音をたてる。
春らしい柄のチュニックとスキニーのジーパンは私のお気に入りだ。
あの頃の私はもういない。
制服を校則通りに着こなしていた頃の私なんていない。
ずっとそう、いい聞かせてきた。
高校入ってすぐにピアスを両耳に開けた時、私服の為にハイヒールを買った時、大人っぽい服を買うたびに一つ一つ過去の自分を捨てたつもりだった。
そうやって、忘れようとした。
あの頃の背伸びをした、初恋を…
だけど、これは一体なんなんだろうか?
大学の中に設置されたマジバでテリヤキバーガーを咀嚼していると目の前に影が出来て見上げたら懐かしい彼がいた。
背はあの頃から高かったけれど、ちょっと大人びたように思う。
これはヤバイ。
すぐに立ち去ろうと残りを急いで口に詰め込んでいると…
「苗字さん」
右側から声をかけられて顔を向けたら水色の髪が見えた。
「くろ、こくん…」
中学時代から影の薄い黒子くんと再会したのは大学の入学式だった。
あの時は本当にビックリしたが、今はビックリを通り越してもう心臓がどくり、どくりと嫌な緊張感を伝える。
やめて、名前とか言わないで本当。
気付かれたくないのに…
「すみません、青峰くんがどうしてもと言うので連れて来ました。」
いつもお昼はここで取っていること、知っていたのでと付け足す。
彼はここのバニラシェイクが大好きだからきっと私と同じ時間帯にここへ来るのだろう。
気づいたことはないけれど…
「それでは、僕はこの後授業なので失礼します。」
ペコリと頭を下げた彼はそのまま人混みに紛れて消えてしまった。
ガヤガヤとお店の喧騒が耳に入ってくるものの、それらは私の脳裏まで届くことない雑音と化していた。
バスケ界でかなり有名人な彼がこんなところにいるのだから、なんでこんなところに、といった感じの言葉が交わされているはずではあるが、私の頭の中はそれどころではない。
何て、言おうか。
こういう時、どうしろと言うのだろう。
どちらかが別れを切り出した訳ではない。
ただ、気がつけば一緒に帰らなくなり、連絡を取ることがなくなり、自然消滅した彼と、何を話したら良いのだろう?
けれど、何も言わないのはやはり気まずくて。
「あ、の、そのっ、久し、ぶり」
結局当たり障りのない言葉を発した。
てかめちゃくちゃ挙動不審だ。
よし、落ち着こう。
「元気、だった?」
「ふつー」
「そっか。」
うん、話題がなくなった。
どうしよう、どうしよう。
そう思いながら心を落ち着かせるために、一口テリヤキバーガーを食べた。
懐かしい味だ。
「なあ…」
今度は彼が切り出した。
何を言われるのだろうか。
私には全く想像できなくて、でも何を言われても傷つく気がした。
否、彼は傷つく言葉しか言わない気がした。
「悪かった。」
「ううん、お互い様だよ」
平静を装って、笑ってみる。
ちゃんと笑えているか、自信なかった。
「あー、いや」
首の後ろを掻いて困ったような顔を浮かべる彼。
ああ、彼もどうしていいか分からないのだろう。
首の後ろをかく時は少し悩んでいる時だ。
そんな癖もあの頃から変わらないんだ。
「そーじゃなくて、その、」
思ったことは何でも言う彼が珍しく言葉を選んでいる。
「いいよ、謝らなくて。私、気にしてないから」
私がそう言うとあーーー、と声をあげ彼は立ち上がった。
そして、
「好きだ」
あの時と重なった。
中1の夏、二人だけの体育館の中、彼はまっすぐな目で私を見た。
そう言えば、あの時も彼はあーーー、と声をあげてから言ってくれたんだっけ。
「すげー今更だって分かってる。かっこ悪ぃことも知ってる。けど、それでもやっぱお前が好きだ。」
夢、だろうか。
これは彼に恋い焦がれ過ぎた私が見た幻覚なんじゃないか。
試しにほっぺたを抓った。
痛い。
「あの、私、あの頃とは、随分変わっちゃったし」
「知ってる、テツから聞いた。けどカッコだけだろ?」
あの頃のように優しく微笑んだ。
「髪の毛が茶色だろーが、オシャレになってよーが、どんな靴履いてよーが、お前はあの頃から全然変わってねえよ」
それは、失われたはずの笑顔だった。
ねえ、これは現実なんですか、神様。
それなら、私はこの手を取ることを許されるのでしょうか?
「すき、です…」
四年越しの思いは言葉では伝えきれなくて、涙が零れた。
「ずっと、ずっと、好き、でした…」
メイクが崩れるのも気にせず泣いた。
涙で歪んだ世界に、中学の時と同じ、心から笑う大輝がいた。
ハイヒールの初恋あの頃背伸びしていた恋は、もう私に丁度いいはず。
もう一度好きだと言ってくれた、貴方と叶える初恋はきっと幸せなものになる。
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企画「黄昏」様
第37Q「favorite food」に提出
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