好きを伝えるその勇気 前編

この勇気はあなたがくれたの続編



桐皇高校から彼女が消えた。

それは新学期早々に担任の先生から告げられて、クラス中が戸惑いを隠せなかった。

正直、私桃井さつきはあまり彼女のことが好きではなかった。
大ちゃんのことを恋愛対象として見ていたことは一度もないし、そうでないと確実に言い切れる。
だけど、バスケ部に来ない大ちゃんに、そんな彼を甘やかす苗字さんに苛々したのは事実。
苗字さんは少し大人びたところがあったから、大ちゃんが遊ばれてるんじゃないかとか、そんなことを考えてしまったこともある。
今考えると自分が情けない。
彼女はきっと自分の身も心もボロボロになっていたに違いないのに、その傷を自分は深く抉っただけだった。
幼馴染のためだと言い聞かせて彼女に大ちゃんをバスケ部にこさせるよう説得したとき、何度目の時だったか彼女は凛とした目で言い放った。
「大輝がやりたくないことを無理してやらせられるほど私は強くない。それに私が言ってもきっと無駄よ」
だけど、裏を返せば大ちゃんがバスケをやりたいと思ったら自分から離れていくことを止めはしないという事。
私の言ったことがきっと彼女を追い詰め、あんな行動をとらせてしまったのだ。
そう思うと自責の念に駆られる。

あの日、大ちゃんにすぐ追いかけるように言えばよかった。
だけど、私も大ちゃんも唖然としてしまって何も言えなかった。
下を向いて唇を噛んだ。

本当に自分が不甲斐ない。



授業が全て終わって、珍しく部活のない放課後。
何を思ったか知らないが、私は屋上に足を向けていた。
あまり使われていない筈の扉を開けるときぃっと音がした。
そこに見えたのは仰向けに寝そべって空を見上げる幼馴染。

「大ちゃん」

声をかけると、ちらりと私を見た彼は舌打ちを一つ。
いつもなら文句の一つでも言うのだが、今日は言えない。

「ごめんね」

代わりに口から零れたのはそんな言葉だった。

「別に。つか、お前のせーじゃねえし」

悪いのは俺だ、といつもより幾分低い声が冬の早い夕暮れの中に消えていく。

「俺、本当バカだわ」

何を思って彼の口からそんな言葉が出てきたのか知らない。
けれど、彼が彼女を大切に思いながらもそんな行動はしてなかったこと、バスケでは自身の驕りが敗北を招いたこと、そんなところから零れたんだと思う。

「そうだね」

そういいながら、私も彼の隣に腰を下ろした。

「私も、バカだ」

何度目か分からないが、また唇を噛んだ。
そうしても彼女が戻ってくるわけではないのに。

どれほどそうしていたか、ポケットの中で携帯が振動したので取り出してみれば大好きな彼からの電話だった。
いつもなら嬉しい電話も、今日は気分が落ち込んでいるせいか、あまり喜べない。

「もしもし、テツくん」
『お久しぶりです、桃井さん。あの、青峰くんそこにいますか?』
「え?うん、いるけど…」
『ちょっと代わってください。彼の携帯にも連絡したのですが繋がらなくて』
「え、うん」

言われた通りに携帯を大ちゃんに渡すと、大ちゃんはダルそうに携帯を受け取って一言二言会話をしたが、途中から大ちゃんの声が低くなった。

「どういうつもりだ、テツ」

テツくんの電話から漏れる声は小さすぎてなんて言っているのか全然分からない。
しかし…

「んなこと…はぁ?だから俺は…」

『いい加減にしてください!!』

滅多に声を荒げないテツくんのその怒鳴り声だけはしっかりと聞き取ることができた。
大ちゃんも面食らっているようだ。
それからまたしばらく話すと、大ちゃんは焦った様子で電話を切り、携帯を投げて寄越した。

「ちょっと!!落としたらどうするのっ…ってどこいくの、大ちゃん?」

「っせぇな、忘れもんだよ」

忘れ物なら歩いてダルそうに取りに行くのに、彼は屋上から全力疾走で駆け出すから

「頑張れ、大ちゃん!!」

その背中にエールを送った。
と同時に鞄を持っているにもかかわらず、もう一度教室へ。
あの馬鹿な幼馴染は鞄すら持たずに帰ったのだろう。
彼の席から鞄を取って、家路につく。
さて、私も次会ったときにはどうやって謝るか、考えなくてはならない。


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