告げられなかった愛をもう一度 後編

月の明るい夜。

戦場にほど近い虹村領内の城で勝利を祝う祝宴が催された。

勿論

「高尾殿、この度は誠にありがとう存じます」

「いやいや、大したことはしておりません」

虹村の窮地を救った高尾方の諸将も招いての祝宴だ。

あの後、敵の大将の首を取り、総崩れとなった敵軍に追撃をかけ散り散りにさせた。

しかし、彼女が見つからない。

ちびちびと勝利の酒を飲みながら、青峰は一人不安に駆られていた。

もし、死んでしまっていたら…
もし、何処かで怪我をしていたら…

そんな心配が鎌首をもたげる。


「時に…」

和成は改まって修造の方へ向き直った。

「折り入って一つお頼みしたいことがございます。」

「なんですか、なんなりと仰ってください」

すると、高尾はなんの躊躇いもなくがばりと頭を下げた。

これに虹村方は驚きを隠せない。

「私を臣下の一員にお加え下さい」

「「お加え下さい」」

高尾方の諸将も、頭を下げる。

「いや、頭をお上げ下さい高尾殿」

「いえ、俺は人の上に立つより誰かの為に働く方がいいんです。自分の器量は自分がよく分かってる。俺が出来るのは精々一城の主位です。それに、そちらの将は有能な方ばかりだ。だから、俺たちの領地も治めて欲しいんです」

この通りと、高尾は地面に頭を擦り付けるようにして懇願する。

その言葉と熱意に戸惑っていた修造も、頷くしかなくて

「面をあげられよ、高尾殿。本当によろしいか?」

「勿論です。末代までお仕え致します。」

その言葉に、修造も覚悟を決めた。

領地が増える…

それはつまり、預かる人間の命が多くなるということ。

修造の肩に、更に何万という命が乗っかった瞬間だった。

「高尾和成、この度の働き、大義である」

「ははっ、ありがたき幸せ」

これには流石の青峰も数瞬意識を持っていかれたが、それでもことが終われば意識はまた彼女の事へ…

「時に、殿」

早速修造を殿と呼ぶ和成に修造は違和感を隠しきれない。

「一つ提案がございまして」

彼はそう言うと青峰を見た。

「青峰殿はまだ独り身であるとお聞きしました」

突如自身の名前が上がった事に、彼は動揺を隠せない。

「ああ、いくら嫁をと言っても聞かねえんだ」

「そこで、なのですが、それがしの妹を青峰殿に嫁がせたいのです」

おお、という声があちこちから上がる。

しかし

「はァ?」

青峰としてはたまったものではない。

愛しい人が生きていて、今日その姿を見た。

今度こそ彼女をと思った矢先のこの縁談。

「ちょっと待て、俺はっ」

「まあまあ、まずはご自分の目で器量を確かめたら如何です?我が妹ながら、大変美しくて」

和成はニヤリと口角を上げると、パンパンと手を叩く。

と、襖がサッと開いた。

そこに居たのは一人の女子。

桜色の打掛を羽織り、頭を下げている。

「お初に、お目にかかります。」

声は、あの頃と全く変わらない。

修造や、緑間、黄瀬、紫原、火神、天井裏にいた黒子、あの赤司までもが目を見開く。

彼女が顔を、上げた。

「高尾和成が義妹、名前にございます」

ふんわりと微笑んだ彼女からは、とっくに時期の終わった桜の香りが漂ってきそうだ。

修造が持っていた盃を落とし、火神があんぐりと口を開け、黒子が思わず屋根裏から転がるように飛び降り、緑間が口に運ぼうとしていた里芋を落とし、黄瀬はその形の良い瞳に涙を浮かべ、紫原の顔に珍しく深い笑みが広がり、赤司が優しく微笑む中、青峰は誰の目も気にせず彼女に駆け寄って、抱きしめた。

「好きだっ」

その言葉を言えたらと、何度も思った。

夢でいいから会いたいと、何度も願った。

その細い身体を抱きしめたいと、今度は自分が守ると決めた女が自身の腕の中にいる。

涙が、青峰の瞳に浮かんだ。

「私もっ貴方様を好いております…」

彼女の瞳にも涙が浮かんだ。

月明かりと拍手と優しい冷やかしの中、彼らは離れていた時を埋め合うように抱きしめあった。




告げられなかった愛をもう一度
最愛の君へ








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