告げられなかった愛をもう一度 中編
それから、幾年の時が過ぎた。
春が何度巡ったか…
青峰は舞い散る桜を見ていた。
結局さつきは高尾に嫁に行かず、赤司と祝言を挙げた。
もう彼らには子供もいる。
緑間や黒子、それに加えて今日紫原も身を固めた。
もう七人衆も半数が祝言をあげ、火神にも恋仲の女がいるとかいないとか。
黄瀬はその気になればその顔と話術で女の一人や二人捕まるだろう。
だが、青峰はどうしても身を固める気にならなかった。
そうして、友人の婚儀に出ては彼女との思い出の桜の木の下にくるのだ。
友人の祝言報告と、どうしようもない寂しさを埋めたくて…
優しく頬を掠めた花弁を青峰は持ち前の反射神経で片手に捕らえた。
「大輝兄」
この木の桜の花を取ってやれば、ふんわりと笑い、自分の名前を呼んでありがとうと言った。
「御指南下さい、青峰殿」
目を輝かせて自分に剣や槍、殴り合いのやり方を教わりに来ていた彼女。
「ありがとうございました」
終わったあとにはどんなに泥だらけでもすっきりした笑顔を見せた。
その笑顔が、いつか自分の前から消えるんじゃないか。
さつきのように、望まぬ所へ嫁に出されるんじゃないか。
自分の手の届かない所に行ってしまうんじゃないか。
そんな思いが渦巻いたあの日。
それが顔に出てしまったから、彼女は勘違いをしてしまった。
彼女を引き止めて、思いの丈を吐き出してしまえば良かった。
そうすれば、何か変わったかもしれない。
彼女は死ななかったかもしれない。
そうした己の呵責がなくなった日はあの日から一度とてない。
あの日…
お前のせいではない、と君主であり彼女の兄である修造からも言われたし、黒子や火神、黄瀬、めずらしく緑間、紫原、赤司も青峰を気遣った。
普段なら八つ当たりの一つでもする青峰だが、それすらできないほど精神が弱っていた。
そしてそれから、彼の戦い方が変わった。
行けと言われずとも愛槍を引っ掴み、馬に跨って敵陣に突っ込む。
まるで、自分を早く彼女の元へ連れて行ってくれと言うように…
その危うさに皆不安を感じていた。
いくら赤司や修造、黒子、黄瀬、さつきあたりが諌めてもそれが変わることはなかった。
それは、今度の戦も同じで
「待て、青峰!!」
赤司の静止も聞かず、手勢すら引き連れず、青峰は自陣を飛び出した。
向かったのは囲まれた火神の救援。
赤司の策は確かに毎度完璧だ。
しかし、今回はいかせん数が多く、徐々に虹村軍は数を減らしていた。
そんな中、要所を守っていた火神が囲まれてしまった、との知らせを一旦引けの命令で前線から引いていた青峰が聞いてしまったのだ。
部下たちにお前らはここにいろと残し自身は赤司の静止を無視して馬腹を蹴る。
そうして単身火神を囲っている敵の中に突っ込んだ。
愛用の槍を振り回せば忽ち三人の首が飛ぶ。
その姿はまるで三国志の趙子龍のようだったと、後に誰かが言った。
そうして人間業とは思えない速度で敵を蹴散らすも、多勢に無勢。
体力が尽き始め、身体が言うことを聞かなくなってくる。
やがて、一本の槍を避けた拍子に態勢を崩した青峰は硬い地面に投げ出された。
「大将じゃあ!!討ち取れぃ!!」
その言葉と共に一本の槍が青峰の方へ向かってくる。
ああ、死ぬんだと思った。
その時、久しぶりに死の恐怖を感じて、彼女にこんな思いをさせたのかと思うと、胸が痛くなった。
今、行く
心の中で彼がそう呟くと同時に一本の槍が彼の命を絶つ…
筈だった。
ドスッと聞こえた音に目を開くと、彼に襲いかかろうとしていた兵が槍を手放し倒れていた。
背中には一本の矢が刺さっている。
その矢が飛んで来たであろう方向を見て、青峰は目を見開いた。
不安定な馬の上。
片目を瞑り、キリキリと弓を引き絞っているのは、恋い焦がれた懐かしい姿。
いや、記憶にあるより大人びて美しくなった姿がそこにあった。
ひゅっと音がして、青峰の頭上を矢が通過すると
「うっ」
と声がして振り向けば自分に向かって刀を振り上げていた男の心臓を違えることなく矢が射抜いていた。
「かかれっ!!」
男のそれより幾分高い声でそう叫ぶと彼女は馬腹を蹴った。
その姿は凛々しく、儚く、美しい。
「おいっ!!」
自分の脇を通過する間際、青峰は思わず彼女を呼び止めた。
「名前っ、お前、生きて…」
「で過ぎた事を申しますが」
鋭い声で彼女は彼の言葉を遮った。
しかし、鋭い瞳の奥に優しい、暖かい光がある事に青峰が気付かない筈がなかった。
「ここは戦場でございます。それに、命を粗末にする戦い方をなさるようなお方を、私は師として仰いだ覚えはございません。」
そう言うと、彼女は再び馬腹を蹴って戦いの渦に飛び込んで行った。
この戦い
虹村軍は多くの犠牲を払いながらも、救援に来た高尾軍の助けで勝利を収めた。
しかし、戦が終わった後青峰に彼女の姿を見つけることは出来なかった。
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