エンドロールは始まらない
ギシリとスプリングが軋む。
ふわりと香った香水の香り。
爽やかなそれを胸いっぱいに吸い込んでうっすらと目を開けてみる。
「あ、おかえりー涼太」
「ただいま。」
そう言って優しくキスをくれるのは、付き合って5年になる彼氏にしてモデル兼バスケ選手の黄瀬涼太。
本当に5年も恋人を続けて来れたのが信じられないくらい、彼はモテる。
バスケでは誰よりカッコ良くダンクを決め、チラリと私の方へ視線を流すから達が悪い。
もう、何度心臓がキャパオーバーになりそうになったか分からない。
そして街を歩けば注目の的。
ただでさえ背が高いから目立つのに、このイケメンオシャレさんは人目というものを気にしない。
前に週刊誌に取り上げられたことがあったけど、それも
「俺はあの子に一途なんで。何があっても守ってみせますよ」
と恥ずかしげもなくインタビューに答えた。
それで人気が落ちるどころかさらに上がってしまうから、イケメンはすごい。
いや、凄いのは彼のカリスマ性かもしれないけど。
「りょーた」
そう言って両の手を彼に伸ばすと、彼は微笑んで抱きしめてくれる。
「今日は珍しいっスね。何があったんスか?」
「なんもなーい」
「寝ぼけてるんスか?」
「そんなことないもん」
いつもと立場が反対の会話。
本当はすでに意識はハッキリしているのだけれど、この会話を続けていたくて、たまには彼に甘えていたくて、ぎゅーって言いながら彼を抱きしめた。
すると、彼もクスって笑ってぎゅーって言って抱きしめてくれる。
「りょーたー」
「なんスか、名前」
ああ、冬だからだろうか。
いや、関係ないか。
彼の体温が心地いいなんていつもの事。
「だいすきー」
いつもは恥ずかしくてなかなか言えない事を言ってみたくて、唇に乗せてみたけれど、恥ずかしすぎて一気に顔に熱が集まった。
「え、名前もしかして寝ぼけてなかったんスか?」
それで気づいてしまったのだろうか、涼太が聞いてくる。
「そんなことな…」
「ある」
ニヤリと笑みを浮かべた。
「甘えたかったんスね?」
簡単に私の心情を言い当てる涼太。
その笑顔と、私の顔の横に置かれた肘、そして15cmもないほど近くに迫ったアーモンド型の綺麗な目が逃げることを許さない。
観念してこくんと頷くと、まるで抱き枕のように私を抱きしめる。
勿論下の私を押しつぶさないように、彼が抱きしめたまま上手に向きを変えたから、今は女子平均の私の体が全て彼に預けられている。
「ちょっ…重くない?」
「全然。つか、マジ細いっスね。でもやわらけー」
そう言って彼は更に私を抱きしめる腕を強くした。
「ちょっと、私、二号じゃないんだけど」
二号とは彼がかつて私のために用意してくれた抱き枕のことで、今でも彼の帰りが遅い日には一緒に寝ているうさぎの大きめなぬいぐるみのこと。
名前は沢山考えたけど、いいのが浮かばなくてテツヤ二号ならぬ、涼太二号。
そう命名したら彼にポカンとされたあと、爆笑された。
「あー、いつもの名前に戻ったっスね。」
「何よ、いつもの私じゃ悪い?」
捻くれた問いをしてしまうのは、私の悪い癖。
けれど、彼はそんな問いにも嫌な顔一つしないで私の耳元に唇よせて
「どっちもすき」
なんて囁く。
ああ、もう。
心臓に悪いよ。
そのまま、唇が頬を通って私の唇に触れた。
再び香った爽やかな香水の香りが、やけに甘ったるく思えた。
「名前」
彼が私の名前を呼ぶと、魔法の時間が始まる。
夢のように幸せな時間。
王子様の愛を独り占めできる時間。
でも、物語は終わらない。
そう…
エンドロールは始まらないこの物語の終わりはまだまだ先。
だから…
「愛してる」
終わってしまうまでに沢山の愛の言葉を囁いてほしいと、沢山愛したいと思いながら、たった一言だけ伝えて私は甘い空気に身を委ねた。
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