居場所 後編
いつの間にか、みんな気を利かせていなくなっていた。
黄瀬くんが近づいて来た。
けれど、二人とも無言のまま。
気まずい沈黙が流れた。
心が折れそうになるが、赤司くんの好意を無駄にするわけにはいかない。
顔を、あげた。
「久しぶり。」
微笑んで見せた。
急にいなくなって、怒っているかと思った。
けれど、彼は戸惑って悲しそうな顔をしていた。
まるで叱られた子供のような…
「黄瀬くん、私ね、聞きたい事があるの。」
どうしても、聞きたかった。
会いたくはない。
けれど、それは確かめたい。
前、赤司くんに黄瀬くんの事を聞かれた時、そう答えた。
「でも、その前にね、どうしても言いたい事もあるんだ」
赤司くんには言わなかったけど、もう一度彼に会えたら伝えたかった事がある。
きっと、あの赤司くんにはお見通しなんだろうけれど。
「私ね、両親が仲悪くて、学校にもそんな仲のいい友達はいなくて。そんな中、黄瀬くんが話しかけてくれて嬉しかった。彼女にしてくれて、初めて居場所をもらえた気がした。誰かのそばにいることを初めて許された気がしたの。すごく、嬉しかった。だから、ありがとう」
笑えた。
あと、もう一つ。
「でね、聞きたかったことっていうのは…
本気になれる人、もう見つかった?」
その言葉に目を見開いた黄瀬くん。
「聞いて、たんスか…」
叱られた子供みたいな顔。
彼がこんな顔もすることを初めて知った。
そして、また彼を好きになった。
「うん」
頭を撫でて上げたくなった。
けれど、それはできない。
それはいつか、私じゃない、本当に彼に愛された人しかできないこと。
「そんな顔しないで?ほら、あたし可愛くないし、スタイルもよくないし、別に何か取り柄があるわけでもないんだから、当然だよ?黄瀬くんは何も悪くない」
ちゃんと、笑えてる筈。
あと、もう一息。
彼を、自由にしてあげなくては。
彼が幸せになれるように。
私は彼といてはいけないんだ。
「黄瀬くん、本気になれる人、見つかるといいね」
涙は我慢した。
微笑んだ。
消える前くらい、一番マシな私を彼の中に残したい。
少しでも美しくうつりたい。
やっと彼のために身を引く決心がついたのだから、その心に見合った姿で…
「今まで、ありがとう。」
バイバイ
その言葉は言えなかった。
遮ったのは黄瀬くん。
彼が私を、抱きしめたから。
「ごめん」
静かに彼が謝った。
「確かに、最初は本気になれなかった。ううん、名前っちがいなくなった、その日まで。でも、居なくなって気付いたんス。名前っちがいないと、なんか生きてる気がしないんス。なんか、空気みたいにないと生きていけないっつーか、そんな感じなんス。」
だから、と黄瀬くんは続けた。
「俺、名前に本気なんス。本気で、好きだ。だから、どんなに遠くてもいい。きっと毎日メールするだろうし、二日に一回くらいは電話もしちゃうと思うっス。けど、それくらい…」
君が好きだ。
黄瀬くんの腕に力が篭った。
涙が、一筋、頬を伝った。
「き…せ…くん。ほん…と?」
「ホントっス」
彼の言葉に迷いはなかった。
「本当はさみしかったっスよね。泣きたかったっスよね。本当にごめん。これから、俺が絶対幸せにするから、だから…」
もう一回俺と付き合ってくれないっスか?
たった一言で、それまで堪えていた何かは決壊した。
私は大声をあげて、黄瀬くんに縋りついて泣いた。
黄瀬くんはただ、ぎゅーっと抱きしめてくれた。
長く、遠回りして、沢山私は泣いた。
あなたはきっと沢山苦しんだ。
だけど、最初から私たちの居場所は…
お互いの隣だったのかもしれないね。完
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