「さー、みんな、騒げー!!」
WiiUのカラオケマイクを手にノリノリの森山先輩が叫んだ。
どうしてこうなったのかと言えば、今日の、いや昨日のお昼に遡る。
私がバスケ部に入部して早二週間。
本日は少々遅くなってしまった新入生歓迎会と称した一泊二日のお泊まり会。
初日には午前中だけではあるが練習をし、午後から電車で一時間ほどの移動してまずはそこの駅前のラーメン屋さんでラーメンを食べた。
それから二組に別れて一方は食材を買いに行き、ともう一方は火おこし用の薪をもらいに行く。
私は森山先輩のチョイスにより食材調達班へ。
一方黄瀬くんは私と一緒でないことを散々ごねたが笠松先輩の一撃により、薪をもらいに行く方へ。
「名前ちゃん料理は?あ、にんじんはこっちのが安いからそっちにしよう」
そう言って私の持っているにんじんを籠へ入れさせる森山先輩。
「まあ、それなりです。一通りはできますけど」
「そっか、なら安心だ。お、ジャガイモはこれが良さそうだ」
そうして森山先輩は手慣れた様子で小堀先輩の持つわカゴへ食材を放り込んで行く。
本当、男性にしては不思議なくらい。
中学時代、男子バスケ部の男友達は皆料理など皆無で、ついでに言えば唯一の一軍マネージャーであった女の子も皆無だった。
いや、自身が料理できないことを自覚している分男子の方がまだマシだったかもしれない。
彼女の料理では死人がでる。
「森山先輩、なんかとても手慣れてますね」
私が言うと、ああ、と小堀先輩は苦笑を浮かべた。
「あいつ、練習したんだよ。」
「へえ、ご家族のためですか?」
「いや…」
小堀先輩の苦笑の色が更に濃くなった。
「まあ、それもあるとは思うが」
「ねえ、君。俺たちが出会えたのは運命だと思わないかい?」
あ、と思った瞬間には既に時遅し。
森山先輩は買い物カゴを持ったまま美人な女の子の前に跪いていた。
ああ、やってしまっている。
「女子にモテるためだろ」
はあ、と小堀先輩が溜息をついた。
それから森山先輩をほっといて小堀先輩や他のみんなと材料を調達して、笠松先輩たちと合流。
因みに、女の子たちからこっぴどくフられた森山先輩は小堀先輩の報告によりその行いを笠松先輩に知られ、ヤキを入れられていた。
少々可哀想な気もするが…
ついでに黄瀬くんもあんまりに私のまわりにまとわりつくので(犬のようでかわいいと思ってしまったのだけど)、こちらも笠松先輩の蹴りがはいった。
笠松先輩の制裁が終わって駅からしばらく歩くとロッジの管理棟があり、そこから車に乗せて貰って15分ほど。
木造のいかにも別荘といった感じのロッジに到着した一行は大はしゃぎ。
それにしても、本当
「広い…」
二軍ではまた別に一年生歓迎会が催されているから、普段ほどの人数ではないが、それでも一軍だけでも二十人程度はいる海常高校男子バスケ部。
その数の人間が一泊二日するのに不自由は全くないほどの広さ。
「じゃあ、バーベキューの用意すんぞー」
笠松先輩の号令により、バーベキュー準備が始まった。
これも先ほどわかれたグループで、買い物に行ったグループは調理を、薪をもらいに行ったグループは火おこしをする。
また黄瀬くんがごねたので笠松先輩にシメられていた。
「さすが女子だねー、名前ちゃん。手慣れてるよ」
バーベキュー用の野菜を切っていると、森山先輩から褒められた。
「一応、女子の端くれですし。ある程度はできたほうがいいかと思いまして」
「一応じゃないさ、名前ちゃんは素敵な女の子だよ。どうだい?これから俺と抜け出さないか?」
「すみませんが私たちがいなくなると夕飯の準備が進みませんので」
と一歩森山先輩から距離をとる。
「そんなこと言わずにさ」
ニコニコとスマイルを振りまく森山先輩。
これではどれだけナンパしても必ず失敗に終わるわけだ。
「森山、仕事するぞ」
間に小堀先輩が入ってきたことでよく分からないやりとりは終了した。
その後バーベキューは無事終了。
お皿洗いのため台所へ立つと
「俺も手伝うっスー!!」
と飛んできてくれた黄瀬くん。
その姿は犬のようだった。
断る理由もないので、私が濯いだお皿を拭いてもらう。
以外と綺麗好きなのか丁寧に拭いていた。
「こうしてると新婚の夫婦みたいっスね」
ニコッと笑ってそんなことをのたまうモデル様。
「ファンにそんなことしたら勘違いされるよ?冗談通じない子も多いから」
「えー、俺だって誰にでもこういうこと言うわけじゃないッス」
とまあごちゃごちゃとまたよく分からない会話をしているうちに洗い物が終了し、小堀先輩の入れてくれたお風呂に女子だからと一番先に入れてもらった。
笠松先輩がちゃんと見張っていてくれたようで、覗きに来るような強者はいなかった。
私が上がるとみんな順々にお風呂に入り、黄瀬くんがトランプ飽きたっスーと言い出した頃誰かがWiiUを発見し、カラオケをやろうとなって、冒頭に戻る。
森山先輩がノリノリで流行りのアップテンポな曲を歌って、それに合わせて飛び跳ねたり、合いの手を入れたり、私のようにお菓子をつまみながら手拍子をしたり。
数人寝てしまった人もいるが、男子十数人が集まっているだけあり、かなりの盛り上がりだ。
音楽に合わせたバク転やらダンスやらをする人もいて、結構カッコイイ。
さすが強豪バスケ部の一軍で、運動なら負けなしの強者が多い。
ただ、やはりその中でも黄瀬くんはずば抜けていて、顔とか関係なくカッコイイ。
モデル業とバスケの片手間にダンサーとかやっても儲かりそうであった。
「次、俺が歌うっスー!!」
先輩たちと一緒に騒ぐ黄瀬くんがとても楽しそうで、ああ、黄瀬くんにとっていいチームなんだなあと思った。
こうして夜は更けていき、はしゃいでいた先輩たちも僅かな仮眠をとるため、しんとロッジが静まり返った。
もうじき夜が明けて、朝日が登るだろう。
結局、寝なかったなあなんて思いながら一階のベランダに出る。
空は少し明るくなっていた。
もう五月の半ばではあるが、夜明け前はまだ少し肌寒い。
一枚上着をとりに戻ろうかと思ったところで、ふわりと肩に何かかけられた。
「風邪ひくっスよ」
そこに立っていたのは先程まで気持ち良さそうに寝ていた黄瀬くんだった。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、喉渇いて目が覚めたんス。そしたらベランダにいるのが見えたから。それよりどうしたんスか、こんな時間に?」
「んー、なんとなく日の出が見たくってさ」
そう言って東の方をみると、東の空が赤く燃えていた。
太陽が顔を出すまで、もうわずかだろう。
「ねえ、黄瀬くん。」
「何スか?」
「海常のバスケ部、楽しい?」
赤い空を見ながら問う。
彼も圧倒的才能の持ち主だ。
もしかすると、つまらないのかもと野暮な事を考えた。
だって練習の時、力の差はそれこそ圧倒的だったから。
けれど、
「楽しいっスよ」
案外即答だった。
「今、このチームでやるバスケはとても楽しいっス。練習すんのも、試合すんのも。毎日とっても楽しいっスよ」
私の方を見て黄瀬くんは笑った。
オレンジに照らされた彼の顔はとても輝いて見える。
「そっか」
私はまた視線を朝焼けに戻す。
朝焼けがとても眩しいのです
このチームのマネージャー、いいかもしれない。
そんな思いと共に浮かんだのは、すべてを諦めた青髪のかったるそうな顔だった。
あの人ははまだバスケを諦めているのでしょうか?
そんなことを登りくる朝日に問いかけたが、返事などあるわけがなかった。