目を開けると、そこに映ったのは自分の部屋の天井だった。ぼんやりとする頭と怠さを訴える身体と、ぞくりとした寒気が気持ち悪い。寝汗でワイシャツがびしょびしょだ。
ああ、懐かしい夢を見ていた気がする。
そう思って隣を見ると、認めたくはないが精悍な顔つきの青い髪がすーすーと寝息をたてていた。
なんで、こいつがここにいるのだ。
誰にも知られずにこの恋が終わっていくなぜここにいるのか、起こして聞きたい気がするが起き上がって彼を起こす気力すらない。ただ余りにも気持ち悪いから着替えはしたい。そう思ってもぞりと寝返りを打つと、ん、と短い吐息を吐いて目の前の男が目を開けた。
「目ェ覚めたかよ。」
「なんで、ここにいるの…?」
「玄関で倒れてたお前を見つけてやったことに感謝しろよ。」
ふん、と鼻を鳴らした大輝。
ムカつく。
「だれの、せいだとおもってんの?」
「はっ、てめえが体力ねえのが悪いんだろ?」
「だまれ」
叩き合う憎まれ口。でも、熱のせいで完全に私の方はひらがな発音で罵声が罵声として機能しない。それが余計にムカつく。にしても、なんでこいつ私のベッドにいるんだ?と思うと同時に謎は解けた。
パタパタと軽い足音が聞こえてくる。
ああ、あの子のお願いなのね?
「名前っ!!」
「さつ、き…」
桃色の瞳に涙をためて。ああ、なんて可愛らしい顔。
私には決して真似できない顔。
庇護欲を掻き立てられるようなそんな顔。
やめて、私のためにそんな顔しないで。
大輝にそんな顔見せないで。
「名前無理しすぎで倒れたんだよ?大丈夫?」
「さつき、大丈夫。心配しないで。」
そう言って笑顔を作ったのに、さつきはさらに悲しそうな顔をする。やめてよ、平気だから。
「これ、ママから。あと、青峰くんがスポーツドリンク買ってきてくれてるよ。それから着替えね。」
勝手にタンス漁ってごめんね、と眉を下げるさつき。なんて気の利く女の子なんだろう。
「ありがと。いま、なんじ?」
「今?9時だよ?」
「そっか。大輝、さつきおくって。ふたりともかえって大丈夫。」
「そんな、今日は泊まるよ!!ねえ、青峰くん?」
そんなさつきの言葉にふるふると首を振った。こんな姿、晒したくない。醜態でしかないでしょう?花を演じられない私など。
「かえって。」
行為の拒絶にさつきがどれだけ傷つくか知っている。でも、大輝。あなたはせいせいするでしょう?私のお守りから解放されるもの。
そう、私たちはセフレ。
分かりきっているのに、なぜ、泣きたいほど胸が締め付けられるの?
「行くぞ。」
そんな大輝の言葉が聞こえて、弱々しくさつきが頷く気配がした。そう、それでいいの。ううん、だめ。いえ、それでいい。
私の本能と理性が正反対の言葉を叫ぶ。
「ゆっくり休んでね。」
さつきの優しい言葉に、一つ頷くとドアが閉まる音がした。
穢れてる私とさつきじゃ、違いすぎる。
そう思うと吐き気がするほど気持ち悪くなってくる。ねえ、一体この感情は何?さつきが心配してくれているときに、私は一体どんなことを思っていた?どうしてさつきの好意を拒絶した?いや、分かりきっている。
分かりきっているけれど、認めたくないのよ。
さびしいなんて、私はひとりなんだって、そんなの…
「なんで、なのよ…」
私は何もしていないのに、
どうしてこんなに胸が痛いの?
頬が熱い。
目元が熱い。
こぼれ雫は汗だと言い聞かせても、止まらない。
だれか、たすけて。
思わずそう思ってしまったのはきっと風邪のせい。
分かっていた。
汚いあたしが恋なんて馬鹿げていること。
最初から咲いてすらいなかった薔薇の棘に刺されたの。
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