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止まり木をなくしたこの世界で



「いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませ」

土曜の夜。
この時間居酒屋は、どこもかしこも戦争である。店員はくるくると駆け回り、注文を取ったり食器を下げたり、会計をしたり、料理を運んだり…
そんな中ジョッキを傾ける原田が今日も今日とて両隣に美人を侍らせているのを永倉は恨めしそうに見やった。そして、それから今もどこかで身を粉にして働いているであろう親友を思い、少し複雑な気分になるのであった。

バイト先で偶然再会してからもう5年。
気がつけば就職して教師になり、それなりの給料をもらい、ギャンブルですってしまうもののそれなりの生活をしている。

三人で教師になれたらいいと、夢を語った日が昨日のことのようだ。
それを聞いた当時の先輩であり、現在の職場では教頭である土方は

「名前はともかく、お前ら2人は想像できねぇな」

と評していた。
それにも関わらず、一番向いていたはずの彼女だけがここにいない。

とりあえず隣の島原高校の若い女性教師たちと親睦会ということで集まったものの、美人な彼女たちは永倉を放置し、原田と土方に夢中だ。マジで、俺なんなんだろう、と永倉が落ち込むのも無理はない。

一人で飲みながら、永倉は親友の彼女に想いを馳せる。
一度、恋愛感情なんて全くなかったが名前に結婚でもするか、と言ったことがある。三歳の男の子を連れて飲み屋には入れないので名前の家の近場のファミレスが二人の近況報告会の場所であった。ムードもクソもないそのファミレスでその話をした時、名前は目をぱちくりさせた後
「ありがとう」
と笑った。
彼女とて永倉が全く自分に恋愛感情がないことは分かっていた。けれど、冗談でしょ、と言って笑わなかったのは彼の優しさを十二分に理解していたからであろう。

「でも遠慮するよ。新八、息子にも好かれてるから結婚したらそれなりにいい家庭が築けると思う。だけど、それじゃあ新八が本当に好きになれた人に出会えたら私たちはまた出て行かなきゃ行けないし。それに新八、不器用だから左之に結婚したことずっと黙ってなんていられないでしょ?」

彼女はあの頃よりやつれていて、それでもあの頃より優しく、美しく笑っていた。琥珀色の瞳の息子をなでながら左之って小さい頃こんな感じだったのかな、という彼女の目は母親であって永倉は名前が自分よりずっと大人であることを悟った。

教育免許は取ったと聞いたが採用試験の勉強をする事が出来ず、結局ハードなバイト生活を強いられている彼女。その足しになればと時々食事を奢ってやったりしているが、彼女はそれを良しとしない。

彼奴が、俺たちと教壇に立っていたら、と思い永倉はまた苦い思いを噛みしめる。

「原田先生、彼女いないんですかー?」

「ああ、今はいねぇよ」

「土方先生はー?」

「んな暇ねえよ」


おきまりのセリフが飛び交っていてそこでなぜ永倉先生はー、とならないんだと永倉が溜息をついた時だった。
スマホがバイブし、着信を彼に告げる。
取り出すとつい先ほどまで彼の物思いの中心にいた人物だった。

「悪りぃ、ちょっと出てくるわ」

めったに電話などしてこない彼女からの着信を無視するわけには行かず、永倉は一度座敷を出た。




「もしもし、どうした?」

『し、しんぱちっ!!しんぱちっ!!』

電話から聞こえてきたのは彼女のそれより幾分か高い声でまだ少し拙い舌で彼の名前を呼ぶ。声からして泣いているようで永倉の心臓がどくりと嫌な音をたてた。

「おい、どうした息子!!落ち着け、何があった!!」

『まっ、ママっ!!ママがあっ!!』

スマホの向こうで泣きじゃくる幼い声に、永倉は頭が真っ白になる気がした。







「土方さんっ!!」

バタバタと座敷に駆け込んで来た時の永倉の必死な形相にウーロン茶を飲んでいた土方は眉を寄せた。どうせ、競馬があたったのかと思いきやそうでもないらしい。かなり気が動転しているようであった。

「どうした、新八?」

「土方さんっ、車貸してくれっ!!」

「はあ?てめぇ酒飲んでたじゃねえか。貸せるわけ…」

「いいから早くっ。頼むから一緒に来てくれっ!!」

必死な様子の永倉に、原田も訝しげな目を向けた。

「おい、新八、何があった?」

一瞬、空間を包んだ沈黙。
思わず口から出てきそうな事実に蓋をした永倉は

「お前には関係ねぇ。」

と思ったよりも冷たい声で返していた。
そのまま荷物から財布を取り出し、万札を引っ張り出すと机の上に叩きつける。

「これ、俺と土方さんの分だっ!!」

土方のカバンをひったくり、土方を促す。

「事情は後で説明する!!とにかく来てくれっ!!」

訝しげな顔をしながらも、ただ事ではないと土方も察した。じゃあな、と原田たちに声をかけ永倉に続いて座敷を後にした。






















止まり木をなくしたこの世界で



この子を守れるのは、私だけだと思ったの。




「極度の疲労と薬の副作用です。」

二、三日で退院できるでしょう、という医師の言葉に土方と永倉は大きく息を吐いた。

「ママぁ…」

病院の硬い椅子に座り、赤くなった目を擦る息子の頭を永倉は撫でた。まだ彼の涙は枯れていないようだ。

「大丈夫だ。お前のママは強いからよ。」

こくん、と一つ頷いた息子は再び泣きはらした目を擦る。

「とりあえず、こいつの親に連絡しねぇと」

そう零した土方を、いや、と永倉が制した。

「こいつの親御さん、去年事故で亡くなられたんだよ。それからこいつ、ときどき妹ちゃんのところに息子預けたりはしてるみてぇだが基本的に一人で面倒見てるんだ。」

妹も社会人であればそう頻繁には預かってはもらえない。今まで助けてくれていた親もいない。息子の父親もいない。八方塞がりであった。

「とりあえず、今日は俺ん家でこいつの面倒みるわ」

安堵して眠くなったのか、うとうとし始めた息子を永倉は抱き上げた。きゅっ、と服を握りしめる手が無性に切なさを生んだ。

「ああ」

土方はもう一度ベッドで寝ている彼女を見やった。高校生の時よりこけた頬、青白い顔。けれど、そんな彼女は高校生の少女から大人の空気を纏った女性になっていた。

「めっきり同窓会にも顔を出さなくなっていやがったが、まさか子供がいたとはな。」

思えばあの頃から彼女は全て一人で抱え込む癖があった。試合の前に対戦相手全員分のデータ分析をやって倒れたことや、合宿の時に暑い体育館で水も飲まずに働いて熱中症になりかけたことを思い出せば明白であった。

なんとかしてやりたい…と土方は思った。

高校時代支えてもらった恩を返したい、先輩として何かしてやりたい。

永倉たちを家の近くまで送った後、一人自宅へと車を走らせながら、土方はおそろしく切れるその頭をフル稼働させた。そして、ハッとする。

「やってやるさ」

土方は胸のポケットからタバコを取り出して、口に咥えた。







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