カステイラと君とイチゴミルク | ナノ
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 +1℃の恋愛微熱

沖田との交際がスタートして約一ヶ月。明日は3月14日、ホワイトデー。
世間では男子が意中の女子、またはバレンタインでお菓子をくれた女子にお返しをする日だ。バレンタイン程ではないが盛り上がる行事である。

「お、苗字!丁度良かった」

名前は保健体育担当の原田に呼び止められ振り返った。

「バレンタイン、ありがとうな」

ほら、と差し出された包みは昨年と同じゴディバのものだった。

「そんな、毎年こんなもの貰えません…」

「遠慮するなって。新八と2人分だ。」

ほら、と促されれば受け取らない選択肢はない。因みに、ただ去年のバレンタインでケーキをあげたから原田がこんなものを渡すわけではない。文化祭実行委員会の副委員長だった名前はそれこそ倒れる寸前まで働いていて、原田は文実の担当の教員だったのだ。二年続けてその役を引き受け、頑張った分が高価なこのチョコレートには込められているのである。

「あ、ありがとうございます。」

包みを受け取ると、原田が満足げに笑う。その表情にみんな惚れてしまうのだろうと、名前は思った。

「じゃあ、これは僕が貰っとくね」

左手に持っていた包みはひょい、と現れた男に奪われた。にこにこ笑ってはいるけれど、実際のところは笑っていない。目が全くもって笑っていないのだ。

「おい、総司。そいつあ俺が苗字にやったもんだろーが」

「知ってますよそれくらい。だから嫌なんです」

包みを持った手が名前の肩を抱き寄せる。いくら放課後の人の少ない時間帯とはいえ、見られたら一大事である。いや、既に目の前の原田は呆気にとられた顔をしている。

「あー、なるほど。悪かったな、総司。だが、男の嫉妬は見苦しいぜ」

じゃあな、と片目をつぶって見せた原田は様にしかなっていなくてどこかの俳優かと思った。そう言えば、原田や永倉はお菓子を買いに来るついでに様々な雑貨をくれていた。

彼らにあの頃の記憶はない。

少しだけ寂しいけれど、それでよかった。


「ちょっと名前ちゃん」

覗き込んでくる沖田の顔にどきりとする。

「ダメでしょ、知らない人からお菓子なんてもらったら」

「子供扱いしないで下さいよ。それに原田先生は知らない人なんかじゃないです。」

「ふーん、じゃあ、これいらないの?」

意地悪な顔で沖田が目の前にちらつかせたのは、原田が持っていたのとはまた別の包み。それを見た途端に名前の顔がパッと輝いた。

「欲しいっ」

「えー、どうしよっかなー。左之さんからお菓子もらってたしなー。」

意地悪な言葉に対する報復は、柔らかい頬を膨らませること。可愛らしくしか見えなくて、沖田は笑う。けれど、それが沖田には一番効果的だ。それを無自覚でやっているのだからタチが悪いと沖田は思う。

「うそうそ、ちゃんとあげるよ。でも…」


他の男からの贈り物に、嬉しそうな顔なんてしないでよ。


耳元で囁かれたら、もう名前に抗う術はない。
ぴくんと肩をはねさせた後、コクリと一つ頷いた。ほぼ、条件反射と言っていいであろうその反応に気を良くした沖田は名前の耳朶を優しく噛んだ。

「っ!?」

真っ赤な顔で振り返った名前と、満足気な沖田の目が合う。

とくん、と一つ心臓が脈打った。


「沖田くん、ありがとう、見つけてくれて」

はにかんで、きゅっと沖田の制服の裾を握る。
どくり、と沖田は自分の心臓が暴れ出す音を聞いた。

完全に沖田の負けだった。



「あーー、もう。ほら、大事にしなよ?」


可愛さに負けて差し出した紙袋の中身はイチゴの刺繍が入ったポーチ。可愛らしい刺繍は、自動販売機のイチゴミルクを想像させる。彼も、そう思って買ってくれたのだろうか?

「クッキー、本当に美味しかった。君はやっぱり甘いものを作る天才なんだね」

でも、と名前の身体を引き寄せてそのイチゴのように赤い唇を奪った。




オレンジ色に校舎が染まる、水曜の午後5時図書室。
静かに本を読む名前とそれを幸せそうに眺める沖田。

二人の間は椅子一つ分の距離。
其処には二つのイチゴミルクが鎮座していた。
ほんのり甘い、イチゴミルクのような恋はまだ、始まったばかり。





















+1℃の恋愛微熱


隣にいるだけで幸せで、あの頃の恋が冷たかった分、今はとても温かく感じるのです。









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