カステイラと君とイチゴミルク | ナノ
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 黄昏ノスタルジア

甘い匂いが名前の鼻腔をくすぐった。

「これで、よし」

バレンタインという一大行事が今年は土曜日であったため、16日の月曜日は大変な騒ぎだった。名前も手作りのブラウニーとクッキーを配り歩いた。親友二人と原田、永倉は本当に喜んでくれた。意外だったのは土方と山崎で、二人とも嫌いそうな行事でありながら微笑んで受け取ってくれた。
勿論社交辞令であったかもしれないが、やはり嬉しかった。

結局、16日に沖田に渡すことはできなかった。チラリと名前が見た限りでは大きなビニール袋に山盛りのお菓子が入っていた。しかも丁度名前が沖田の教室を覗いた時、可愛らしい女の子が沖田にチョコを渡していた。

「千鶴ちゃん、ありがとね」

「いえ」

「うん、やっぱり千鶴ちゃんのお菓子は最高だね」


沖田くんの彼女、なのかな…

そう思った名前は当日沖田のために用意してあった分のブラウニーを食べてしまった。
けれど、たった2週間とはいえお世話になったのだからと名前はもう一度クッキーを焼くことにした。
ガチすぎない、あくまでついでである風を装って…

(なんで、胸が痛いんだろう)

あれだけかっこいい人なら彼女がいるなんて当たり前でしかないのに。なぜ、こんなにも胸がもやもやするのだろう。

分かっていても認めたくない答えが、喉の奥からせり上がってきそうで名前は慌てて首を振った。

作ったクッキーは妹や母のおやつになるだろう。
可愛すぎない袋にクッキーを詰め、いつもより少しだけ早く名前は家を出た。



授業とは、かくも長かったものか。
名前はげっそりしていた。
朝から時間が亀のようにしか進まない。大好きな古典の授業も、親友二人とお昼を食べている時間も、浮かぶのは沖田のことばかり。

あの時沖田にお菓子を渡していたのは雪村千鶴という子らしい。剣道部のマネージャーをしているのだと情報通の親友が教えてくれた。

(あんな、可愛い彼女がいるんだ)

名前はこっそり視線をカバンの中に落とす。其処には紙袋に入れられたクッキーが教科書の隙間に鎮座していた。

やっぱり、やめえておこうか。
ううん、だめ。お世話になったんだもん。
クッキー、粉々になってないかな。

くるくると、自問自答は続く。
ずっとこんな調子で午後を過ごし、6時間目終了のチャイムがなった。普段と同じように教科書をまとめ、カバンに詰める。それから荷物を肩にかけ、自動販売機に直行。
2人分のイチゴミルクを買って図書室へ。



割とホームルームが終わってすぐ図書室へ向かっているはずだが、毎回沖田はすでにそこにいる。

(土方先生のクラスってそんなに早くホームルーム終わるのかな)

まだ帰っていない生徒も多いのだろう。廊下はガヤガヤと騒がしい。
先週と同じように、イチゴミルクとそれから手提げの紙袋を沖田の前に置いた。

「良かったら、どうぞ。」

くるんと背を向けて本棚へと向かう。名前は自身の頬が赤くなるのがわかった。緊張がとけてホッとしているような、彼の反応に更に緊張しているような。ドクドクと大きな音をたてる心臓を押さえつけるので精一杯だ。

不意にクスクス笑う声が聞こえて名前が振り返ると、沖田は腹を抱えて爆笑していた。

「ちょ、ちょっと!!なんで笑うの?」

「ははっ、いやっ、おもしろすぎて…」

くくっと肩を震わせて笑う沖田は本当に楽しそうで、その笑顔を見ていたら何故か幸せだと思えてしまった。よかった、彼が笑ってくれて…


『ちょっと、沖田さんったら笑いすぎですよ』

『だって、あははっ、君って、ほんと最高っ…くくっ』

まただ、と名前は思う。
先週の図書室でも何故か自分と彼の声が聞こえた気がしたのだ。だが目の前の彼は笑っているだけで何も言っていないし、何より自分は口を開いていない。

「そんなに笑わなくたって」

『そんなに笑わないでください』

「だって、わざわざ作ったんでしょ、僕のために」

『君、料理なんてできなそうなのに』


声が二つずつ聞こえる。
赤い夕日が何処か不気味で温かくて、気持ち悪かった。

彼と関わるようになったのはごくごく最近の筈なのに、懐かしい。

(なに、これ…)

「あ、でも…」

微笑む彼を見ると、お腹の底からきゅうって苦しくなるのだろう?
泣きたくなるくらい胸が熱くなるのだろう?
この世の何よりも大切だと叫びたくなるのは何故だろう。



「『ありがとう』」


制服を着た沖田の後ろに、彼より少し長い髪を束ねて和服を着た沖田が見えた。
その顔は、少しだけ大人びていた。






















黄昏ノスタルジア


ああ、何故忘れてしまっていたのだろう。愛しい愛しいこの人を…

そう思ったのが自分の心なのか、名前には分からなかった。
霞んで行く意識の中、誰かの逞しい腕と自分の名前を呼ぶ声だけが名前の世界の全てだった。

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