「わっ、まってよ」
キラリと太陽が水を反射させる中、小さな女の子が名前の手を引く。
「ほら、おにーちゃんもはやくー!!」
女の子は振り返ると、後ろからついてくるワインレッドの髪の男にも満面の笑みを浮かべた。その純粋な笑顔は可愛らしい、という形容詞が似合いそうだ。
「ああ、今行くよ」
目の前の小さな少女が、あの頃の彼女に重なった。琥珀の瞳に優しい色を浮かべて、原田は二人を追いかけた。
原田と名前は今でこそ恋仲だが、もともと隣の家に住む幼馴染であった。3つ年上の原田は本当に名前を可愛がっていた。小さい頃、名前がいじめられていればとんでいって仕返しをしていたし、怪我をしていたらおぶって帰ったりもしていた。そんな原田が幼い頃からの初恋をようやく実らせたのは彼女が高校1年生、原田が大学1年生になった時。紆余曲折あったものの、二人は結ばれて、互いの両親は早く結婚してほしいなどと言っている。
そんな二人は付き合いはじめて三年の記念日に江ノ島、鎌倉の泊りがけのデートを企画した。そして今日がその日なのだ。二人は江ノ島神社を一通り参拝してから地元のスパに入った。三年間付き合っていたものの、その間のデートでプールに行ったことがなかったからだ。
柄にもなく、彼女の淡いピンクをベースとした水着に見惚れて数秒後、彼女の隣にいる小さな少女の存在に気づく。
迷子かと問えば、そうではないらしい。やら祖母に連れられて来たらしいが、自分は温泉に入るから遊んでおいでと言われ、一人でいるところに名前が声をかけたそうだ。
「おねーちゃん!!見てて見てて!!」
「わー、すごい!!上手上手!!」
えへへ、と得意げな少女。その姿は幼い頃の名前を彷彿とさせた。
「よーし、じゃあお兄ちゃんがいいことしてやるよ」
原田は口角を上げて、少女の両脇に手を入れるとその身体をひょいと持ち上げて、小さな足の間に自身の首を滑り込ませた。
「わあー!!かたぐるまだー!!」
きゃっきゃと嬉しそうな声が頭上から聞こえてきて、原田はくすりと笑った。
「わー、高いねー!!」
原田がチラリと横を見ると、名前が少女を見上げて微笑んでいた。
「左之さん、ありがと」
不意に嬉しそうな笑顔が彼の名を呼び、感謝の言葉を紡いだ。その笑顔にドキリとさせられたのは、彼だけの秘密。
「いーや。俺も楽しいからな」
「そっか」
二人で顔を見合わせて、笑い合う。
「おにーちゃん、下ろしてー!!あっちいこー!!」
「おう、行くか」
原田は彼女の身体を下ろしてやるとそのたくましい腕に少女を抱え上げた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとー!!」
「おう、またな」
「またね」
楽しい時間はあっと言う間。
少女の祖母が迎えに来る頃には太陽が西に傾いて綺麗な夕焼けが海を照らしていた。
「あーあ、楽しかったね、左之さん。」
少女が去って、急に静かになったプールから臨める海を見ながら、名前が笑顔を見せた。そんな表情が愛おしくてたまらない。
原田は、彼女の腕をくんっと引っ張った。
そのまま、顔を上げさせて唇にかするようなキス…
「なっ、なっ…」
真っ赤な顔になる彼女を見て、原田はニヤリと口角を上げた。
「俺も楽しかったぜ。将来ガキができたらお前がこんな顔するってのが分かったしな。」
そう言って今度は、名前の額に唇を寄せて抱きしめた。
腕の中の彼女は真っ赤な顔をしていた。
いつか生まれる新しい命へ
早くおいで。
君のパパとママは君を待ってるよ。
赤毛の髪の男とその妻、それに赤毛の小さな女の子が同じ場所に来ることになるのは、この数年後の話。