君と鳴らす鐘の音を
汗がひとつ、彼女の肌をつたう。
普通の女の子であればそれは不快でしかないものだろう。しかし今、ショートカットを揺らす彼女、苗字名前は普通の女の子ではなかった。運動を続けてもうそろそろ10年。そんな彼女にとって汗が流れる感覚などもう慣れたもので、今更不快と思うものもなかった。

「しっかし、あっちーなあ」

階段を一段一段踏みしめる彼女の横には茶髪の少年。
彼は首にかけたタオルで汗をぬぐいつつ進む。そのタオルは彼の数学教師であり、悪友である競馬好きの男が使っているものと同じ井上建設のものだった。

「本当、暑過ぎ。」

名前もそんな言葉を呟きながら、一段、また一段と階段を上る。だが、2人の顔にはまだ少し余裕がある。普通の人間なら、これだけの階段を登ればもう足など上がらないであろう。流石は二人とも高校生運動部だ。

「下戻ったらご飯食べてアイス食べよう?」

「おお、いいな、それっ!!っしゃあ、いっちょ頑張るかあ」

少年もとい藤堂平助は気合いを入れ直した。それを名前は苦笑しながら見る。

二人は今日、江ノ島デートに来ていた。高校生にしてはかなりリッチなデート。この二ヶ月名前はおやつを、平助は漫画を我慢して、普段のお小遣いと、部活の合間にアルバイトして貯めたお金を合わせて今日の為に準備をした。お昼は下にあった一皿百円ではない回転鮨。それだけで一月分のお小遣いとはおさらばだ。

そのあと行く予定になっているスパもこれまた安くはない。そこらへんの遊園地に入るくらいの値段はするのだ。そこのプールと温泉に入って、今日は帰る予定。受験前、最後のお楽しみの日だ。
だから沢山お金を使って楽しもう、と二人で決めていた。

けれど、エスカーという名のエスカレーターに乗って行くのは運動部2人の矜恃が許さなかった。そのため、お金をかけず二人で必死に階段を上がっているというわけだ。

「あ、平助!!看板見えたよっ!!」

「おお、もうちょっとだなっ!!」

体力に自信のある二人でも流石にこの暑さの中階段を登り続けるのはしんどいものがあった。けれど、どちらも音を上げることはない。そんな事は運動部の意地にかけてしたくないのは二人とも同じだった。

「ほんっと、こんなデート、お前とじゃなきゃ出来ねえわ」

「えっ?」

「お前みたく汗かいても平気、階段とエスカレーターだったら間違いなく階段で行くことを選ぶような奴じゃなかったら、二人で階段で上がるなんて無理だろ?」

にっこり笑う彼は、その上で輝く太陽のよう。
この笑顔が、名前は好きなのだ。

「そうだね。あたし、こーゆーデート好きだし」

名前がそう言うと平助は、俺も、と返した。




「わあー」

「おおー」

2人の前には綺麗な景色。その中に佇む鐘。某アイドルグループの人気俳優と、某音楽漫画の実写ドラマでヒロインを演じた女優出演の映画で出てくる鐘だ。ちなみに主人公がヒロインにプロポーズするシーンでこの鐘は使われている。
なんでもこの鐘のそばに2人の名前を書いた南京錠をかけると永遠の愛が叶うのだとか。あとは鐘を二人で鳴らすと幸せになれるのだとか。

「よし、鳴らすか」

けれど、二人で今日は鐘を鳴らすだけ、と決めていた。
南京錠は、次来た時にするのだと。

「行くぞ、せーのな」

「うん」

2人で紐を持って、

「「せーのっ」」

鐘が鳴る、

筈だった。

「あれ?」

2人で紐を動かすのだが鐘が鳴らない。

「っかしいなあ」

平助が呟いて、もう一度2人で動かすが鐘は鳴らない。

「鳴らないね」

しょんぼりした名前を慌てて平助が慰めようとしたその時、


ゴーーンと意図していない音が鼓膜を揺らし、二人は同時に鐘の紐を手放して耳を抑えた。
そして二人顔を見合わせて

「「ぷっ、あはは」」

吹き出した。

「あはは、メッチャ俺ら、らしいっ、ははっ」

「だねっ、あはは、おもしろっ」

二人で爆笑して、その笑いの波が収まりきらないうちにどちらからともなく抱きしめあった。
まるで、引き寄せられるように…

「これからもよろしくな」

「こちらこそ」

二人で顔を合わせて笑い、鐘の前でキスを交わす。
それはさながら、結婚式の誓いのキスのよう…



君と鳴らす鐘の音を

きっとまた聞くことができるのだろう。

鐘の前で名前がプロポーズを受けるのは、この八年後の話。



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