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ずっとそばにいたのに




土方さんが連れてきてくれたのは、電車で言えば最寄り駅から三つ先にあるデパートだった。
どうやら、近藤社長にお子さんが生まれるそうなので、そのお祝いに渡す物を見繕ってほしいらしい。

「俺じゃあ何を渡したらいいかなんて分からなくてな」

悪いな、と謝る土方さんに

「まあ、私も一度二度しか渡したことありませんし、大したもの選べないかもしれないです。」

なんて言えば、女ってのはその辺のセンスが男よりあんだろうが、と返された。
返す言葉もございません。
確かに土方さんよりマシなものは選べる気がします。

「たしか、女の子でしたっけ?」

「ああ」

「じゃあ、こんなのはどうですか?」

「いや、洋服はいやと言うほど近藤さんが買っちまったらしい」

近藤社長、あなた絶対親バカになりそうですね。
なんてことは胸の中にしまった。

「じゃあ、お人形とかはどうです?」

「それも近藤さんが」

「よだれかけは?」

「それも」

ああ、定番どこはもう全部ダメらしい。
うーん、と頭を悩ませて…

「あ、だっこひもはどうですか?」

目に止まったそれを提案する。

「生まれる前でしたらまだ買っていないかもしれないですし…」

「なるほど。」

それにすっか、と即決定する土方さんの決断力は流石だ。

「じゃあ一番安全な物を教えてもらいましょうか」

店員さんを呼んで、贈り物をしたい旨を告げると快く説明してくれて、店員さんイチオシの抱っこ紐を購入し、なんとか買い物は終了した。

「あ、土方さん。ちょっと待っていてもらえますか?」

土方さんがお会計している間に、こっそり一人で選んでいた赤ちゃん用の人形を手に取る。
某マウスの上にリボンのついたお人形は赤ちゃん仕様らしく普段の1.5倍の可愛さだ。
それから、レジに持って行って購入する。
うー、予期せぬ7000円の出費は痛い。

「これ、近藤社長に渡してもらえますか?お人形なので邪魔になってしまうかもしれないんですけど、女の子なら可愛いお人形は沢山欲しいと思うので。」

紙袋を土方さんに渡すと、土方さんは快く了承してくれた。

「お前、近藤さんと面識あったのか?」

「いえ、ないですけど、自分の勤めている会社の社長にお祝い渡すのは当然のことだと思うので」

「そうか。お前、以外と律儀なんだな」

あ、笑った。
初めてかもしれない、私の前で彼が笑ってくれたの…

「そうですかね?」

嬉しくてちょっと顔がにやけたかもしれない。
ああ、どうしよう。
私、今幸せだ。

「どうせなら、お前も何か買って行くか?そんでいい時間になったら夕飯食えばいい」

ねえ、神様。
これは最近頑張ったご褒美なんでしょうか…

「はいっ!!」

嬉しすぎる彼の申し出に頷かない選択肢なんてなくて…

「じゃあ、二階のイングに行きたいです!!」

なんて、図々しくもそんなことを言ってしまっていた。

「すっ、すみません。土方さん、ただでさえ疲れてるのに。こんな迷惑ですよね?あの私、電車で帰るので気にしないでください」

お疲れ様です、と頭を下げる。
けれど上から聞こえてきたのは、おかしそうな、喉の奥で笑う声。

「お前、俺が言い出したんだ。今日くらい好きにしろよ」

いつも、遠慮してんだろ?なんて言われて顔を上げたら、今までで一番優しい笑顔があった。

「ほら、行くぞ」

言うや否や私の右手を取ってエスカレーターに向かう土方さん。
スタスタと行ってしまうけれど、何これ、まるで夢みたい。
ねえ、土方さん。
あと二週間だけなら、こうやってあなたの隣を歩くことも許されるのですか?
こうやって手を繋いでもいいんですか?

泣きたいくらい、今嬉しいんですよ…

心の中で問いかけてみる。
その問いに「浮かれるな」と返す自分と、「浮かれていいんだ。今しか楽しめないんだから」と返す自分がいて困惑する。

だけど、やっぱり勝ったのは嬉しさだったから

「はいっ!!」

って頷いて笑った。





幸せな瞬間なんて、一瞬の夢のようで、脆く、儚いことを忘れそうになる。
けれど、与えられるこのひと時は信じられないほど幸せだった。

二人で買い物を終えて、私の手にはお手頃なブランド品の紙袋が二つあった。

「付き合ってもらってありがとうございます。夕飯、私が出しますよ?」

「いや、元はと言えば俺が誘ったんだ。それに、女に奢らせるなんてメンツが立たねえだろう」

こんな会話ができるなんて、昨日まで信じられなかった。
だけど…

「千鶴?」

突如、彼から発せられたのは私ではない可愛い後輩の名前だった。
私が彼の視線を辿ると、其処には俯いて歩く千鶴の姿があった。

「千鶴っ」

引き止める間も無く、彼は彼女の方へ駆け寄る。
ああ、だから浮かれるなと言い聞かせたじゃないか。

心の中でもう一人の自分が言う。

だってしょうがないじゃない、幸せだったんだもの。

浮かれていた私が答える。

でも過去がどうだって結局…




彼は彼女を選ぶんじゃないか。






ずっとそばにいたのに

私なんて彼の目の端にすら映っていないんじゃないの。



「どうしたの、千鶴?」

鼻の奥がつんとするのを堪えて彼女に近づいて、笑顔を作る。
いつもなら、他人の表情や感情に敏感な彼女だけれど、それどころではないらしい。

「さの…すけさんがっ、昨日、女の人と歩いててっ…」

大きな瞳には涙が溜まっていた。
ああ、私でも守って上げたくなるようないじらしい表情。
そりゃ、男の人はたまらないよね。


「気晴らしに来たんです、けど…どうしても、気が晴れなくて…」

弱々しく笑う千鶴。不謹慎だけど、可愛いと思った。
こんな可愛い子に思われて、原田さんも男冥利に尽きるだろう。

「大丈夫だよ、千鶴。」

頭を撫でて、少し膝を曲げて、千鶴に目線を合わせる。

「だって、原田さん千鶴に構って欲しくて必死だもん。それに原田さん、昔は確かに遊んでたけど千鶴と付き合ってからはそんな話聞かないよ?」

前に飲んだ時、新八さんがそう言っていたから、多分本当だ。
よっぽど千鶴ちゃんが好きなんだな、とぼやいていたのを聞いた。

「だから、原田さんのこと、信じてみたら?」

頭を撫でてあげると、大きな潤んだ瞳から一粒涙が零れた。

「は、い…」

チラリと隣を見ると、土方さんが切なそうに千鶴を見つめていた。

土方さん、ごめんなさい。
ここで貴方の恋を応援するわけにはいかないの。
だって、これ以上、千鶴を苦しめたくない。
なんて、そんなの建前。
本当は、貴方に千鶴を諦めてほしかったの。
ごめんなさい、こんなずる賢い女で…
だから、せめて…

「そうだ千鶴、一緒にご飯行かない?土方さんと三人で」

と、声をかけた。

「イタリアンとかどう?私奢るから」

片目を瞑って、「ね、土方さん」と話を振る。

「あ、ああ。そうだな」

「えー、さっきは土方さんが奢ってくれるって言ったじゃないですかー。」

そう突っ込めば

「三人分はごめんだ」

なんて返ってきた。

「けちー」

そう言ってぶすくれたふりをする。
だけど知ってるよ、土方さん。
千鶴を気にしすぎて、私の話なんてこれっぽっちも聞いていなかったんでしょう?

「そう言えば、お二人はどうしてここに?」

「ん?ああ、ちょっと人にあげなきゃいけないものがあってね。だから買いに来たのよ」

そしたら偶々会っちゃってさ、なんてスラスラと嘘が並べれれていくのを、まるで第三者のような気分で聞いた。

「じゃ、とりあえず行こっか!!」

千鶴の左手を握り、歩きだそうとした途端…

「さ…のすけ、さん…?」

私たちから15mほど離れたところを原田さんが通り過ぎた。
しかも隣には、スッと背の高いモデルのような美人さん。
あら、うそ…
これは、ヤバイ…

「ちづ「ごめんなさい、やっぱり私、帰ります」あ、ちょっと!千鶴っ!!」

「千鶴っ!!」

黒い髪がふわりと靡いて、気づいた時には駆け出した彼女を彼が追いかけていた。

ああ、もう、神様…
あんた、どんだけ私に意地悪をしたいんですか…
持ち上げて落とすとか最悪でしょう?
よっぽど土方さんと千鶴をくっつけたいみたいですね。

心の中でそう毒づきながら、私も駆け出した。
泣きたいのは、堪えた。
そして、神にささやかな仕返しをしよう。

生憎、私はやられっぱなしは性に合わない女なのだ。






「ちょっと、原田さん」

ドスの聞いた声が夜の街に響いたのは、その直後…
ああ、私だって早く家に帰って、泣きたいよ…








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