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きみの優しさが苦しい




「夏紀」

声を掛けられて隣を見ると、中学、高校、大学と一緒の悪友が笑っていた。

「なんですか、沖田課長」

「嫌だなあ、僕と夏紀の仲じゃない」

「誤解を招く言い方はやめて下さい。そりゃあ確かに沢山悪さはしましたけど、あなたと違って私は更生したので」

「失礼な、今は僕の方が偉いよ?」

そう言われてしまえば、言い返す術はない。
口から一つ、ため息が零れた。

「で、なんですか?」

どうせ何かやってほしいんでしょう?と言えば、彼は満足げな顔をしてご明察、なんて言う。
ああ、こいつマジでサディストだ。

「この資料なんだけど、最近入ったばっかの子がやったから恐ろしく見づらいんだよね」

はい、と渡された資料にため息。
確かに少々見づらいけれど、殆ど問題ないじゃないか。
なんて言葉は喉まで出かかって、押し込んだ。

「いつまでですか?」

「うん、月曜の朝まで」

おい、ちょっとまて。
こいつ笑顔でなんつった?
今金曜の午後五時を過ぎたところ。
そう、土方さんに夜のお弁当を作り始めてから一週間が経過した。
以外にも彼は私の作ったお弁当を毎日食べてくれているらしい。
と、まあそんなことは関係ないから置いといて…
今五時で、現在作っている月曜朝の会議の資料は早く見積もったって八時過ぎにしか完成しない。
その後にこの資料を直すなんて、ああこれは終電コースではないか。
くそ、こいつ、やっかいな仕事を持って来やがった。
だけど、やらなきゃどんな報復が待っているか分かったもんじゃない。

「月曜社食奢ってくれるなら」

それなら此方からも交換条件。
随分軽いものだけど…

「わーい、流石夏紀」

駅前の有名ケーキ屋のケーキもつけてあげる、と言われたから有難く頂くことにした。

てなことがあって、必死で手を動かすこと四時間半。
時刻は九時半を回ったのだが、手直しをしなければならない資料はまだあと半分以上残っていて…
目も、頭も、手も痛い中、必死でキーボードを叩き、マウスを動かしていると突然肩を叩かれた。

「ふひゃっ」

情けない悲鳴をあげて振り返ると、毎日変わらない、不機嫌そうな彼が立っていた。

「まだ終わんねえのか、って、なんだこりゃあ?俺が総司に振った仕事じゃねえか。」

「沖田課長が最近入った子に資料作りを頼んだらしいのですが、どうしても見にくいから直して欲しいとのことで…」

右目を擦りながら言うと彼ははあ、と盛大にため息をついた。

「あ、これ。今日のお弁当です。返すのは月曜日で構いませんから、お先に帰っていて下さい」

そう言ってもう一度資料と向き合い、レイアウトを考え直しながら、ちょいちょい間違っている箇所を修正するためキーボードを叩く。

すると、先程憎たらしい程の笑みをたたえて帰っていった筈の沖田課長の席に誰かが座る音。

「半分やってやる。」

だから、さっさと終わらすぞなんて台詞を吐いて、土方さんは愛用のノートパソコンをいじりだした。


ほら、もうやめて下さいよ。

私が作ったお弁当だって、洗ってお弁当箱返してくれるし。
残ってた日なんて一度もない。
確かに食べて欲しいと思ったのは私だけれど、でも…
そんなことしないで。
こんなに、優しくしないで…

この一ヶ月で、こんな時間は終わりなのに。
一ヶ月たったら、好きでいちゃ、いけなくなるのに…

期待してしまう。




きみの優しさが苦しい



こんなことされたら嫌いになれないじゃないですか。


結局土方さんに手伝ってもらって仕事が終わったのは十一時前。

「…い、おい…」

連日の残業で私の身体は限界だったらしく、彼の車に乗り込んですぐ、深い闇に飲み込まれるようにして意識を失った。








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